旅行・地域

サクラ サク

SAKURA in USA

日本で春を告げる花の代表格といえば桜。現在では米国にも桜が多く植えられ、多くの人に愛されています。その多くは日米の友好の証として日本から贈られたもの。

古くから、日本に滞在した米国人の中には桜を愛し、どうにか本国に桜を植えたいと願った者は多かったようです。エリザ・R・シドモアは、明治時代初期、横浜在日領事館の副領事を兄に持った関係で日本に滞在したジャーナリストで、桜をこよなく愛した一人でした。彼女は帰国後も20年に渡って米国に桜を植えることに尽力し、ついに当時のタフト大統領夫人の心を動かします。

1909年、東京から2,000本余りがシアトルを経由してワシントンDCへ贈られましたが、残念ながら輸送中に害虫と病気に感染し、焼却処分されてしまいます。しかし1912年2月、万全の対策を講じて再び6,000本余りが輸送され、ニューヨークのハドソン河畔とワシントンDCのポトマック河畔にそれぞれ半分ずつが根付きます。

その後ロサンゼルス、フィラデルフィアなどにも日本から桜が贈られ、現在ではポピュラーな春の風物詩となっています。

Washinigton DC SAKURA Festival

米国での「桜祭り」の元祖とも言えるのがワシントンDCの"National Cerry Bloosom Festival"。開花の時期は東京とほぼ同じ、三月下旬から四月上旬です。この祭りが初めて開催されたのは1935年。現在では全米から70万人もの人々が集まる全米でも最大規模のお祭りです。

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桜にちなんで"Japan Festival"も併催。人多すぎですね。

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Ski in Boston

Group Retreat? スキー? まじで?

大張り切りの職場の若者たち。スキーなんて、十数年前にサークルの仲間と一度、野沢に行ったきりです。もう忘れた。滑れる訳ありません。やばいです。

というわけで、プロ級の腕前?と噂されるHさんとD夫妻をコーチに捕まえ、やってきましたWachusett。ボストンから車で西に約1時間。鉄道でも行ける、ボストニアン御用達お手軽スキー場です。

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凍結した湖。遠くに見える山並み。やー。気持ちいいですね。

で、スキーの方は..........おお? 意外と立てる!? 十数年前の感覚、覚えているものなんですね。神秘だ。

というわけで、予習はバッチリ。どんと来ーいRetreat。まさかアメリカ来てスキーするとは思わなかったけど。

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Durango & Silverton Narrow Gauge Railroad

かつての鉱山の街Durango

  コロラド州南西部、デュランゴは、かつてサンファン(San Juan)山脈で産出された金、銀の積み出し拠点として賑わった街。デンバー・アンド・リオグランデ鉄道(Denver and Rio Grande Railroad)のデュランゴ-シルバートン間の路線が開通したのは1882年のこと。精錬所も建設され、以来デュランゴは路面電車や新聞社を備える街に急成長した。しかし、1900年代を迎えると、大戦の勃発による政情不安と度重なる水害、そして疫病の流行がデュランゴの街に暗い影を落とす。鉄道は1969年に経営の継続を断念するが、西部開拓時代の面影を色濃く残す鉄道の存続を求める声は強く、1980年代にデュランゴ・シルバートンナローゲージ鉄道(D&RNGRR)として復活を果たした。

  観光鉄道とはいっても、総延長45マイル(72km)もの路線延長を持ち、1900年代初頭に作られた6両もの蒸気機関車を稼動状態で保有する。冬季は路線の約半分、カスケード-シルバートン間を運休するものの、通年に渡って蒸気機関車が牽引する列車を運行するコロラド観光の目玉となっている。

  軌間914mmのナローゲージとは言っても、D51と同じミカド型の軸配置を持ち、運転重量100tを超える大型の蒸気機関車であり、「彼女は二挺拳銃(Ticket to Tomahawk)」、「80日間世界一周(Around the World in 80 Days)」など数々の映画の撮影にも用いられている。

  さて、今日は年に数回あるPhoto Specialの日、つまり、列車による撮影地めぐりの日である。D&RNGRRはアニマス川沿い、サンファン山脈の山腹の急峻な地形を走り、市街地周辺以外で平行する道路が無い。従って、走行写真を撮るのは困難を極める。そこで、このPhoto Specialでは乗客は列車で移動するが、風向明媚な場所で列車は止まる。乗客は降りて列車を撮影することができるのだ。

前夜祭

Photo Specialの前夜、オプショナルツアーとして、夜間の機関区公開がある。ターンテーブルを中心として扇状に広がる車庫(扇形庫)の前で、ライトアップされた機関車が幻想的に浮かび上がる。

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Photo Special

アニマス川を渡るHigh Bridge

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渓谷の断崖絶壁のHorseshoe Curveを往く

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走行の様子はビデオもどうぞ。

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ナイアガラ in Winter

ご存知ナイアガラの滝。

アメリカ・カナダ国境に位置し、エリー湖からオンタリオ湖に注ぐナイアガラ川のほぼ中間地点にあります。水量毎分10万トン以上。

冬場は一部が凍結するため、遊覧船「霧の乙女号」などが運休していますが、雪景色の中の大瀑布もまたいいものです。

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夜のライトアップも幻想的。

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テキサス

テキサス州。アラスカに次いで2番目にデカい州。

ゴリゴリの保守基盤で、ブッシュのお膝元。名産は石油。温室効果ガスの排出量全米No.1。あまり良いイメージが無いなぁ。

というわけで、降り立ったのはヒューストン・インターコンチネンタル空港。別名ジョージ・ブッシュ国際空港。インターナショナルじゃなくてインター・コンチネンタル、よりにもよってジョージ・ブッシュ。なにかネーミングセンスに相容れないものを感じつつも、とりあえず気にしないことにする。

Battleship Texas

1914年建造、1948年引退。第一次世界大戦のノルマンディー上陸、第二次世界大戦の硫黄島の戦いにも参戦した歴史の一証人。現在ではヒューストン郊外、サンジャキント公園の一角に係留されている。

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ジョンソン宇宙センター

数あるNASAの施設の中でも、特にスペースシャトルや国際宇宙ステーションなどの有人宇宙ミッションの管理・運営を行う中核となる施設である。

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ヒューストン・ロケッツ

ヒューストンロケッツは、ここヒューストンに本拠地を構えるNBA(全米プロバスケット協会)チーム。ロケッツの名前は、宇宙センターに由来するものと思いきや、実はロケッツの発祥はカリフォルニア州サンディエゴで、1971年にこの地に移ってきたので関係が無い。ホームスタジアムはTOYOTA Center。

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教科書倉庫ビル6F

ヒューストンから北におよそ400km、ダラスはテキサス州第三の規模の街。ここにはあの教科書倉庫ビルがある。1963年11月22日12時30分、ジョン・F・ケネディは、ここダラスを遊説中に狙撃され、帰らぬ人となった。

直後に狙撃犯として逮捕されたリー・ハーヴィー・オズワルドが犯行に及んだとされているのが、ここ教科書倉庫ビル6階である。しかし、何の謎も解かれぬまま、彼自身2日後に射殺されたため、陰謀論も含め様々な憶測を呼ぶ結果となった。

現在の教科書倉庫ビルは、JFKと、その暗殺事件を扱う博物館として保存されている。

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TexMex

テキサスのグルメといえば、ステーキとテックス・メックス。かつてメキシコの統治下にあったテキサスは、メキシコ料理をベースとした独自の料理、テキサス風メキシカン、略してテックス・メックスで有名。

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Peru

寒い冬は南半球へ

  いよいよボストンも冬本番。正月ともなると真冬日も増えて来ました。こんな時には季節が逆、今が夏の南半球に行きたくなるってもんです。

  という訳で今回のお題はペルー。インカ文明の香り息づくモンゴリアンの国は日本人にもお馴染みです。日本から見ると南米は地球の裏側、当然直行便はなく、北米乗り継ぎで24時間以上かかります。北米から行くとなんと行程は半分!近い!......か?

  ペルーといえばインカ文明。豊かな鉱物資源と高度な土木技術を持ち、度重なる内戦の末に16世紀までに統一を果たしたインカ帝国は、1531年にフランシスコ・ピサロ率いるスペイン軍にあっけなく陥落してしまいます。

  ペルーを征服したスペインは、金・銀をはじめとするあらゆる富を自国に持ち出し、先住民たちには奴隷として過酷な労働を強いました。インカ帝国時代には1,000万人を数えた人口も18世紀までに1/10にまで激減したといいます。

  現在ではけして豊かな国とは言えませんが、南米らしい明るい活気とスペインの影響を受けた中世ヨーロッパの街並み、そしてアンデスに広がるインカ文明の遺跡。他国に例のない魅力にあふれた国です。

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高原鉄道の国ペルー

  ペルー名物の一つが高原を走る鉄道。近年開通したチベットの青蔵鉄道に世界最高地点を走る鉄道の座は譲りましたが、富士山より高い標高4,000mを超えるアンデスの高原を列車が走っています。

  ペルーの鉄道の歴史は古く、1800年代には主要なアンデス越えの路線が整備されています。しかし、1990年代に急速にその業績が悪化し、1999年に路線の所有権は国有のまま、経営権のみを国際入札により民間へ分離しました。

  しかし安価なバス輸送の台頭により鉄道旅客輸送の経営は依然厳しく、現在では一部の観光路線を除いて貨物輸送が主体となっています。ペルー南部の観光地、チチカカ湖ほとりのプーノ(Puno)からクスコ(Cusco)、クスコからマチュピチュ(Machupichu)へ至る路線を引き継いだのはイギリス資本のオリエントエクスプレス・ホテルグループ。当初は従来のローカル列車も運行されていましたが、現在ではほぼ海外からの観光客を対象とした高級路線へシフトし、観光列車のみの運行になってしまいました。

ペルー南部鉄道

  ペルー南部のプーノ(Puno)からフリアカ(Juliaca)を経由し、クスコ(Cusco)を結びます。旅客列車が運行されるのは月曜・水曜・金曜の僅かに週に三往復。軌間は標準軌(1435mm)で路線延長は385kmで所要時間は約10時間です。

 ボストンより飛行機に揺られること約12時間。プーノに降り立ちました。プーノの標高は富士山より高い約3,800m。この高度では高山病になる人も多く、できれば少しずつ高度を上げて体を慣らしたいところですが、列車の日程に合わせる都合上仕方がありません。

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  チチカカ湖は主要な湖沼としては世界最高地点にある淡水湖で、その広さ約8,300平方キロ、琵琶湖の10倍以上の広さでペルーとボリビアの国境に横たわります。

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  チチカカ湖にはトトラ(葦)で作られた浮島が大小40余りもあり、2,000人余りのウロス族の人々が暮らしています。島、住居、船、全てトトラ製。この島々は、彼らの名前をとってウロス島と呼ばれています。彼らはなぜ浮島で生活するようになったのか?インカ帝国時代に賤民として追われた人々であったとか、スペインの侵略から逃れてボリビアから移り住んだ人々であったなど諸説ありますが、はっきりした記録が無いため不明とされています。

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  さて、神秘の古代湖チチカカ湖を後にして、クスコ行きのAndean Explorer号は朝8時ちょうどにプーノの駅を後にします。

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列車はディーゼル機関車を先頭にバゲッジカー、厨房に続いて客車3両、最後尾にラウンジカーの合計6両編成です。

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10時間の長旅ですが、2回の食事、車内でのフォルクローレ(民謡)のショーありで飽きません。

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行程のハイライトは、ほぼ中間地点にあるラ・ラヤ(La Raya)駅。この駅は標高4,319m。アンデスの高原以外にはなにも無いところですが、どこからやってきたのか地元の人たちが列車やバスの乗客向けに市場を開いています。

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ペルー南東鉄道

  クスコからオリャンタイタンボを経由してアグアス・カリエンテス(現マチュピチュ)を結ぶ鉄道です。こちらは軌間914mmの狭軌。オリャンタイタンボからマチュピチュまでは道路が通じておらず、マチュピチュを訪れる際には、唯一の交通手段となります。

  クスコは標高約3,600mに位置するかつてのインカ帝国の首都。

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  インカ時代の建物はスペイン統治時代に破壊され、現在ではほとんど残っていませんが、スペイン建築の多くはインカの石組みの上に建てられています。

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このサント・ドミンゴ教会もその一つ。かつての太陽の神殿「コリカンチャ」があったところで、今でもインカ時代の石組みの一部が残ります。

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  カミソリの歯一枚通さないといわれる緻密な石組みと台形の窓。ペルーは日本と同様地震国の一つで、スペイン統治後の1650年、1950年にもクスコを大地震が襲いました。スペイン人が建築したヨーロッパ建築がことごとく倒壊した一方で、インカの石組みはびくともしなかったと言います。

  インカ建築に用いる石材は、牛馬も用いず全て人手で運んだといわれています。インカ文明には車輪がありません。彼らの最も崇拝したものは太陽であり、太陽と同じ丸い形をしたものは神聖なものとして生活の道具として用いようとしなかったのです。

  さて、神聖な丸い形をした車輪のついたペルー南東鉄道に話を戻します。

  クスコはすり鉢状の台地で、四方を山に囲まれています。クスコを発った列車は、出発直後に4箇所、その後2箇所のスイッチバックによって勾配を克服します。スイッチバックとは、勾配に対して斜めに進み、途中方向を変えながらジグザグに上る方法です。

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列車には、設備のグレードによってBackPacker、VisataDome、HiramVinghamの3種類があります。写真はVisataDome。天窓、テーブルつきの車内。

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早朝出発のため軽食が出ます。ペルー産の陶器、ペルーセラミカが可愛い。

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クスコからマチュピチュまでは107km、所要時間は約4時間です。

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現在のマチュピチュ駅は、かつてはアグアス・カリエンテスと呼ばれていました。アグアス・カリエンテスとはスペイン語で温泉の意味。その名の通り、町内には温泉がわいており、入ることができます。

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これらペルーの鉄道の様子は動画でもどうぞ。

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  Windows XPが入ったパソコンを購入した直後、またはWindows XPを新規にインストールした直後、デスクトップには緑豊かな草原が広がっています。

  このデフォルトの壁紙の名前は「草原」。あまりにも有名なこの写真、実はカリフォルニア州に住む写真家、Charles O'Rear氏によって撮影された実在の風景です。

  サンフランシスコから車で約1時間、州道12号線沿いにその場所はありました。壁紙写真ではその名のとおり草原ですが、このあたりはカリフォルニアワインで有名なナパが近く、現在ではブドウ畑になっています。

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Yosemite in autumn

  ヨセミテは、カリフォルニア州、シェラネバダ山脈西側に広がる全米最古の国立公園。太平洋から吹き込む水分は数多くの湖沼を生み、ここには多様な植物、生物が育くまれています。

  約1,000万年前に海底が隆起して生まれた急峻な山肌には多くの滝があり、雪解けによって水量の増加する春には多くのハイカーを魅了しています.....が、今は乾季、残念ながらほとんどの滝は枯れていますが、山林は美しい紅葉に彩られています。

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続きを読む "Yosemite in autumn"

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テハチャピ・ループ

  カリフォルニア州南部、沿岸部と東部に広がるモハベ砂漠とを隔てているのがテハチャピ(Tehachapi)山地です。

  大都市サンフランシスコとロサンゼルスを結ぶ鉄道は、1876年サザンパシピック鉄道により初めて建設されました。この鉄道を建設するに当たって最も難所とされたのが、このテハチャピの峠でした。最も標高の高いところは約3,800feet(約1,150m)、勾配を嫌う鉄道は、この峠をループによって克服しています。

  飛行機や自動車が発達したアメリカでは、鉄道は斜陽産業のイメージがありますが、実は長距離貨物輸送では鉄道がトップシェアとなっています。いわゆるマイル・トレイン、1マイル(1,600m)以上ある長大な貨物列車が広大なアメリカ国内の物流を担っているのです。現在でもテハチャピ峠は、ユニオンパシフィック鉄道(UP)とバーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道(BNSF)の長大な貨物列車が行きかう物流の要衝となっています。

  ループを一周してもまだ後部が見えない長大な貨物列車。ここは古くから、鉄道ファンの間で名所として知られ、現在でも世界中から多くのファンが訪れます。

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サンタフェ鉄道の歴史的鉄道遺構

  現役で活躍するものを「遺構」と言っては失礼かもしれない。

先日乗ったアムトラックのサウスウエストチーフ号、ニューメキシコ州走行中にチラッと見えた信号機。「え、腕木.....?」

  その後は見かけることもなく確証は無かったが、帰ってから調べてみると、確かにニューメキシコ州、RatonとLas Vegasとの間にはサンタフェ鉄道時代から残る「腕木式信号機」が現役で活躍しているらしい。

  腕木式信号機とは、信号機から突き出した腕が物理的に動くことで「進行」や「停止」を指示する信号機である。かつては世界中の鉄道で見ることができたが、現在ではその多くがライトの色で列車の進行を指示する「色灯式」に置き換えられ、ほとんど見ることができない。

  日本でも近年までローカル線でその姿を見ることができたが、色灯式への置き換えや、路線自体の廃線によって、2008年現在では青森県の津軽鉄道に数本が残るのみとなっている。下写真は津軽鉄道、五所川原駅の場内信号機。

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  宮沢賢治の短編、「シグナルとシグナレス」にその腕木の動きによって感情を描写するシーンがある。腕木信号機がほとんど無くなってしまった現代、その情景をイメージすることは難しくなっているかもしれない。

腕木・ハエタタキ・短尺レール

  さて、アムトラックのサウスウエストチーフ号は、旧アッチンソン・ピカタ・サンタフェ鉄道の路線を使い、シカゴとロサンゼルスの間を結ぶ旅客列車である。サンタフェ鉄道は1996年にバーリントン・ノーザン鉄道に吸収され、現在ではバーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道(BNSF)の一部となっている。

  サンタフェ鉄道の路線の大部分は時代とともに整備され、信号も近代的な色灯式のものが用いられているが、なぜかニューメキシコ州北部、Raton付近のみ、現在でも腕木式信号機が活躍する区間が残されているのだ。長大貨物列車やアムトラックの寝台列車の行き交う一級幹線に21世紀まで腕木信号機が残されているのは奇跡としか言いようがない。

  それも、何年も前から置き換えがアナウンスされており、本来ならもうすでに撤去されているはずのものらしい。

  アメリカらしい雄大な景観の中を駆け抜けるアムトラックの長距離列車と腕木信号機。それも近日中に姿を消すという。いてもたってもいられなくなり、後日取材(?)に駆けつけた。

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  ワゴンマウンド(Wagon Mound)付近をサウスウェスト・チーフ号が高速で駆け抜ける。ワゴンマウンドは周囲を断崖絶壁に囲まれた同名の孤峰(butte)の名前に由来する地名である。ちなみに、このあたりの定期旅客便の発着する最寄の空港はニューメキシコ州アルバカーキか、またはコロラド州コロラドスプリングス。どちらからも約300km離れている人口希薄地帯である。

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  腕木が上を向いているときが「進行」、斜め上が「注意」、横向きが「停止」を表す。日本の腕木信号機では下向きが「進行」、横向きが「停止」で若干異なる。また日本では通常「進行」「停止」の2状態の現示で、「注意」も含めた3現示式のものは見たことが無い。

  この指示は電線によって伝えられるが、線路脇にはその電線を設置するための電信柱が設置されている。かつて日本ではその見た目から「ハエタタキ」と呼ばれていたものだ。

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  その他にも、この付近では短尺レールや木製の橋脚など、まるで50年前にタイムスリップしたかのような鉄道情景が展開されている。

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Wigwagって?

腕木式信号機と同様に、アメリカで絶滅の危機に瀕している鉄道施設にWigwagがある。日本では使われることがなかったので我々にはピンと来ないが、Wigwagはかつてアメリカで広く用いられていた踏み切り警報機だ。

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  列車が接近すると、カンカンという警報音が鳴ると同時に、上部の円盤の赤ランプが点灯し、左右に首を振るしかけだ。かつてはアメリカのどこでも見られた踏切警報機だそうだが、日本と同じ2つのランプが交互に点滅するタイプに置き換えが進み、現在では極めて数が少なくなっている。

  サンタフェ鉄道沿線もニューメキシコ州内は既に絶滅、コロラド州では北部のDelhiに1箇所のみが現存している。

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  腕木信号機にせよWigwagにせよ、機械的な動作を伴うシステムはメンテナンスを怠れば錆や磨耗によって動かなくなる。コストに厳しく、合理社会のアメリカでこの人手のかかるシステムが今日まで残っていることははっきり言って驚きだ。

  ずいぶん前から置き換えがアナウンスされているとはいえ、幸運にも21世紀にまで生き延び、さらに毎日働き続けていることを素直に喜びたい。

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SSSS

ついに来た! SSSS搭乗券Get!

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  "SSSS"は"Secondary Security Screening Selection"の略で、飛行機搭乗前のTSA(Transportation Security Administration)の手荷物検査をフルコースで受けられる権利に当選したことを示しています。当選すると、通常の金属探知機と手荷物のX線検査に加えて、手荷物の中身を全部紐解いて隅々まで検め、更にイオン分析器にかけて爆発物の痕跡がないかチェックされます。

  厳正な抽選のもと、発券を以って発表に代えられるこのプラチナチケット、噂では50人に一人選ばれるそうです。

  ただし、単に抽選というわけでもなくて、出発直前の購入または変更、片道のみの購入、あるいは購入者をトラックしにくい買い方、例えばクレジットカードではなく現金で購入したりした場合に当選確率が上がると言われています。要は「コイツ、チケットの買い方が怪しいから念入りにチェックしなさい」という意味な訳です。

  さて、今回当選した"SSSS"チケットですが、

  1. 早朝発のチケットを前日夜に購入(要は直前)。
  2. 片道切符。それもボストン発コロラドスプリングス行きをシカゴで乗り継ぎ。
  3. 乗り継ぎも含め2便ともユナイテッド航空の運行便ですが、ユナイテッドで購入せず、コードシェアしているUSエアから購入。(USエアの便名の方が安かったんだもん)

と、直前購入、怪しいルートの片道切符、購入者をトラックしにくい買い方、と三拍子揃ってます。これでは"SSSS"がつかない方が不思議ですね。

  ボストン空港のTSAのおっちゃん、、「ハッハー!あんたはラッキーだ!悪く思わんでね~!」みたいなノリで色つきのペン(それも2色!)で楽しそうにSSSSを強調するために色を塗ってくれました。

  いいもんね。どうせ怪しいもの"しか"持ってないし。木を隠すには森?

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デスバレー

  デスバレーとは、企業における基礎研究が、うまく事業に結びつかないことを例えて言う言葉です。研究した成果が製品となり、それが利益を上げるまでには幾多もの困難があり、あたかもその過程に死の谷が広がっているように思われることからこう言われるようになりました。

  デスバレーを生み出すのは、研究者に経営的視点が欠けていたり、また逆に経営者に技術的視点が欠けていたり、また部門間の連携が悪く十分な開発資金が得られなかったりと、日本企業が抱える様々な要因が指摘されています。

  さて、企業の研究職に就いていると何かと耳にするこの「デスバレー」、今回のエントリーとは全く関係ありません(^^;

  カリフォルニア州東部には、南北650kmに渡ってシェラネバダ山脈が貫いています。シェラネバダ山脈の西側は、太平洋から吹き込む風によってやってくる降水によって多くの湖沼に恵まれ、豊かな大自然が広がっています。合衆国の国立公園第一号、ヨセミテ国立公園などが特に有名です。

  デスバレーは、そんなシェラネバダ山脈の東側、太平洋プレートに押された北米プレートが隆起と沈下を繰り返してできた山塊に囲まれた地域にあります。ヨセミテに恵みをもたらした太平洋の水分もここまでは届かず、年間降水量はわずか50mmに過ぎません。また近隣の山塊に遮られて風も吹き込まないため、極度の高温・乾燥地帯が広がります。

  夏場の平均気温は40℃を超え、最高気温は50℃を超えることも珍しくない、全米で最もアツい国立公園です。

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  デスバレーで最も標高の低い地点は海抜下87mのバッドウォーター。ここは北米で最も標高の低い場所です。かつては海底であったこともあり、僅かに流れ込む水分に含まれた塩分が堆積し、広大な塩の湖を形作っています。

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この日の気温は華氏114度(摂氏約45度)。涼しい方ですね。

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バッドウォーターは、標高1,669mのダンテス・ビューから見下ろすことができます。

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スターウォーズや猿の惑星での地球外でのシーンも、ここデスバレー一帯でロケが行われています。気温といい、風景といい、地球とは思えない場所ってことですね。

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from Los Angeles to Boston by rail

アムトラックで大陸横断

  日本に出した仕事メールの返事が来ません。どうやら日本は全国的に夏休みのようです。それならば、とロサンゼルスからボストンまで、アメリカ合衆国を東西に横断する鉄道の旅をしてみることにしました。

  アメリカ合衆国の西海岸と東海岸が鉄道で初めて結ばれたのは1869年のこと。1862年、国策としてセントラルパシフィック鉄道とユニオンパシフィック鉄道の二社が設立され、セントラルパシフィック鉄道はカリフォルニア州サクラメントから東に向かって、ユニオンパシフィック鉄道はネブラスカ州オマハを基点として西に向かって建設を進めました。

  建設開始から6年後、ついにユタ州プロモントリーサミットで接続。これ以降、アメリカでは10年で路線の総延長が二倍になるペースで鉄道の建設が進み、1882年にはアッチンソン・トピカ・サンタフェ鉄道がロサンゼルスまで至るルートを、1883年にはノーザン・パシフィック鉄道がシアトルに至るルートを相次いで開通させ、アメリカ合衆国は、1900年代初頭に国内の鉄道延長40万キロにも達する鉄道大国となります。

  日本を始めとして多くの国々では主要な幹線鉄道は国によって建設・管理されてきましたが、アメリカではそのほとんどが民間会社によって行われてきたことが大きな特徴です。旅客列車についても、各社の特徴を活かした多様な列車が運行されました。

  しかし第二次大戦が終わると、旅客輸送は飛行機や自動車へと急速にシフトします。1960年代には長距離旅客列車は激減し、全ての長距離旅客列車が廃止されるのではないかと懸念されました。1971年、合衆国内の鉄道旅客輸送を存続させるため、それぞれの鉄道会社の旅客部門を統合して、全国の旅客列車を一元的に運営する公営組織として、アムトラックが設立されました。

  東西を結ぶ大陸横断列車も、シアトルルートはエンパイアビルダー号(Empire Builder)、サクラメントルートはカリフォルニアゼファー号(California Zephyr)、ロサンゼルスルートはサウスウエストチーフ号(Southwest Chief)として現在でもこのアムトラックが主体となって運行されています。

  なお、長距離旅客輸送ではほぼ役目を終えた鉄道ですが、他国とは比較にならないほど大きな国土を持つアメリカ合衆国のこと、現在でも貨物輸送においてはトン・キロあたりの鉄道のシェアは40%を超え、「鉄道大国」であることに変わりはありません。かつては無数の鉄道会社が存在しましたが、近年では統合が進み、今は7つの貨物専業会社が22万キロあまりの鉄路を維持・管理しています。アムトラックが運行する列車も、一部を除いてこれら貨物輸送鉄道の線路を間借りする形で運行されています。

  しかし、やはりアムトラックの経営は厳しく、設立以降黒字になったことはありません。近年、同時多発テロや原油価格の急騰で、再び航空機や自家用車から鉄道へ回帰する傾向があるものの、現在でも依然としてアムトラックの全ての列車が赤字と言われています。

  アムトラックはシカゴのユニオンステーションをハブとしており、多くの列車がシカゴを基点としています。今回はロサンゼルスからシカゴまでを「サウスウエスト・チーフ号」、シカゴからボストンまでを「レイクショア・リミテッド号」を利用する合計三泊四日の列車の旅です。

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(画像はクリックすると少し拡大します)

  では参りましょう、All aboard!

サウスウエスト・チーフ号

  サウスウエスト・チーフ号は、ロスアンゼルスのユニオンステーションからシカゴまで、3,600km余りを所定42時間35分で結びます。名前は、1936年に運行が開始された旧アッチンソン・トピカ・サンタフェ鉄道の「スーパー・チーフ号(Super Chief)」に由来するものです。その名も西部開拓時代の「大酋長」、旧スーパー・チーフ号は、ロサンゼルスへの大陸横断ルートを建設したサンタフェ鉄道の威信をかけた看板列車でした。1971年にサンタフェ鉄道からアムトラックに運行が移管されたものの、あまりのサービスの低下にサンタフェ鉄道がアムトラックに対し「スーパー・チーフ」の名前の使わないよう申し入れた関係で、現在の名前に落ち着いたという経緯があります。

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  列車は「スーパーライナー編成」と呼ばれる2階建ての客車です。この日は機関車2両に続いてスタッフ用の車両とバゲッジカー(荷物車)、スリーパー(寝台車)が3両、食堂車、ラウンジカー、コーチ(座席車)が3両の順で12両編成でした。

  予約したのはルーメット。昼間は2人がけ、夜は2段ベッドになる個室で、最大2人で利用できます。スリーパーには、他にトイレつきのベッドルーム、最大4名で利用できるファミリーベッドルームがあります。

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  車掌の他に、寝台車にはアテンダントと呼ばれるスタッフが乗務していて、食事の予約、寝台のセットや各種案内などを担当しています。その他、寝台車にはトイレ、コーヒーサーバー(飲み放題!)、シャワー室などの設備があり、とりあえず暮らすのに不自由することはありません。

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  食堂車。スリーパーの客は、行程を通じて食事、ソフトドリンクは無料(というか運賃込み)です。ただしアルコールは有料。

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ラウンジカー。天窓が開放的。

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ラウンジカーの1階はカフェスペースで、軽食類が購入できます。

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ロスアンジェルスからシカゴへ

  旅立ちはロサンゼルスユニオンステーション。1939年に建設されたターミナル駅で、サザンパシフィック、ユニオンパシフィック、サンタフェ鉄道が使用してきました。現在ではアムトラックと通勤列車のメトロリンク、空港バス(FlyAway)、地下鉄レッドラインが発着しています。

  中庭を持つ白亜の建物で、中も外光をうまく取り入れるつくりで明るく、全米第二の都市の代表駅というよりは、どこか南国リゾート地を思わせます。

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  東行きのサウスウエストチーフ号の出発時間は18:45分。乗り込むと発車前にアテンダントが食堂車の予約を取りに来ます。初回19:15を予約しましたが、少し発車が遅れた関係か、時間ぴったりに行ったらまだ準備中でした。「呼ぶまで待っててください」だそうです。すんません。

  食堂車は、4人未満のグループは、基本的には相席になります。スリーパーの客層は、家族連れかリタイアした老夫婦が多いので、外国人の一人旅でもそれほど気構える必要はありません。とりあえず話の最初は「どこから来てどこに向かっているか」、で決まっていますしネ。

  席に案内されると、給仕からスリーパーの客かどうかをまず聞かれます。伝票に車両・部屋番号を記入してサインすれば、あとはアルコール以外支払いの必要はありません。ただし席を立つ際にはチップを置きましょう。

  夕食から帰ってくると、その間に寝台がセットされていました。東海岸とは3時間の時差があり、これから毎日1時間ずつ時間が早くなります。早寝・早起きを心がけることにします。

  ロスアンゼルスを発って約10時間、夜が明け始めました。列車はアリゾナ州フラッグスタッフに到着します。

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  フラッグスタッフはの住所は"1 East Route 66, Flagstaff, AZ"、そう、かつての大陸横断国道、ルート66沿いの駅なのです。実はこのサウスウエストチーフ号、旧ルート66とほぼ同じ地域を走ります。

  列車はロッキー山脈の南部を迂回するように進みますが、既にフラッグスタッフの標高は7000フィート(約2,100m)あります。きょうはまる一日、標高1,500m以上の地域を進むことになります。空気が薄いのでお酒の飲みすぎには注意。

  フラッグスタッフを出発した列車は、赤土の大平原を快調に飛ばします。人家はまばらですがここは合衆国の物流を担う一級幹線、40フィートコンテナを二段重ねにしたダブルスタックコンテナ列車や、トラックのトレーラーをそのまま貨車に搭載したピギーバックの貨物列車と頻繁にすれ違います。

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  2日目正午、ほぼ定刻に列車はニューメキシコ州アルバカーキに到着。ここで機関車に給油が行われるため、乗客も小休止です。

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アルバカーキを出ると本格的な山越えとなり、針葉樹林の中をゆっくりゆっくり、いくつものΩカーブを超えていきます。標高が最高になるのもこのあたり。

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  夜が明けると、列車はカンザス州へ入っていました。もうロッキーの山越えの雰囲気はありません。朝霧が幻想的。

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やがてカンザス州の中心都市、カンザスシティに到着。ここで多くの乗客が入れ替わりました。

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  そして行程最後の大イベント、ミシシッピ川を渡ります。ミシシッピ川は"The mighty Mississippi"と呼ばれ、北米に豊かな恵みをもたらす母なる川です。このあたりは川幅2km以上あります。まるで湖ですね。

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ミシシッピを渡ると広大な農村地帯に入ります。シカゴへラストスパートです。

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  途中1時間程度の遅れはありましたが、ほぼ定刻3時半前にシカゴへ到着。北米全ての鉄道はシカゴへ通ず、と言っても過言で無いほど、シカゴは古くから鉄道の要衝でした。アムトラックの多くの長距離列車もシカゴを基点としています。

  アムトラックの長距離列車同士の乗り継ぎもよく考えられたダイヤになっていて、東海岸からシカゴに至る列車は午前中着、シカゴから西海岸に向かう列車は午後発、西海岸からシカゴに至る列車は午後着、シカゴから西海岸に向かう列車は夜発になっています。

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  シカゴユニオンステーションは1925年にできた石造りの建物で、 高さ34mの巨大な待合室が特徴です。現在ではアムトラックと近郊通勤列車のメトラが使用していますが、地下鉄やループが直接乗り入れていないので、通勤時間帯を除けば閑散としています。

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写真はシアーズタワーを背景にシカゴを出発する通勤列車Metra。

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レイクショア・リミテッド号

  レイクショアリミテッドはシカゴとニューヨーク、ボストンを結ぶ列車です。かつてはニューヨーク編成・ボストン編成を併結して途中ニューヨーク州アルバニー駅で切り離しを行っていましたが、現在では全編成がニューヨーク行きで、ボストンへはアルバニーで同一ホームで接続する別の列車へ乗り換えとなっています。ニューヨークまでは1,500km余りを20時間40分、ボストンまでは1,600km余りを22時間45分かけて走ります。

  レイクショアという名前は、北米五大湖のうち、ミシガン湖、エリー湖、オンタリオ湖の三湖のほとりの町を経由することに由来しています。

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  レイクショアリミテッドは、「ビューライナー編成」を使用しています。この日は機関車2両に続いてバゲッジカー(荷物車)、スリーパー(寝台車)が3両、食堂車、ラウンジカー、コーチ(座席車)が4両の順で12両編成でした。

  「ビューライナー編成」は、サウスウエストチーフ号で利用した「スーパーライナー編成」とは違い、ダブルデッカーではありません。東海岸に向かう列車は、一部電化区間を走行するため車両限界が小さく、一回り背の低い車両になっています。しかし、その分個室は余裕のあるつくりになっていて、ルーメットにも全室トイレ・洗面台が着いています。屋根裏に荷物収納スペースも。折りたたみテーブルはなぜかチェス盤。

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食堂車。車両中央にギャレーがあります。

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ラウンジカー。こちらも車両中央にカフェ(販売スペース)があるためラウンジは半室構造で、天窓も無いので、二階全室が天窓つきのフリースペースだったスーパーライナー編成のラウンジカーと比較すると、簡素な印象を受けます。

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シカゴからアルバニー・ボストンへ

  列車は接続列車遅延のため、1時間ほど遅れた23時頃にシカゴを出発しました。出発を待つ間、食堂車ではチーズが振舞われ、アルコールなどが販売されていました。発車するとすぐに東部時間になります。既に深夜帯ということもあって、すぐに寝台をセットして皆さん眠りにつきます。

  この列車、湖岸を走る列車ですが、西行き、東行きともに湖岸を走る時間は夜間で、線路もそれほど湖に近くないので、実際のところ湖面を見るチャンスはほとんどありません。

  むしろ、Uticaを過ぎると、ずっとモホーク川(Mohawk River)沿いを走り、こちらの景色が良い感じです。

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  シカゴからアルバニーまでは、湖岸と川岸を走ることもあって、ほとんど起伏はありません。最高地点も300mほどです。トウモロコシ畑の広がるなだらかな丘陵地帯を走ります。

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  列車はシカゴからの遅れを更に拡大させながら、およそ1時間20分遅れてアルバニーに到着しました。アルバニーは人口10万人足らずの小さな町ですが、ニューヨーク州の州都です。

  列車とずっと寄り添ってきたモホーク川はここアルバニー付近でハドソン川に合流し、遠くマンハッタンで大西洋に注ぎます。

  ここからはボストン行きの編成に乗り換えです。同じ「レイクショア・リミテッド」の名前を冠する列車ですが、機関車に続いてバゲッジカー、カフェカーに続いてコーチ車が僅か2両。さびしいものです。

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  時刻表上は、ニューヨーク行きの編成はここアルバニーで1時間15分もの停車時間があり、接続するボストン行きが発車した後、ニューヨーク行きが発車するスケジュールになっています。ニューヨーク行きの編成はシカゴから16時間走り続けてきているため、おそらくここで給油することになっているのだと思われますが、今日は遅れのため、ボストン行きより先に機関車を付け替えてそそくさと発車して行きました。あらかじめ満タンの機関車を用意してそれに付け替えることで、給油の時間を節約しているのでしょう。

  割りを食ったボストン編成は17時30分、ほとんど遅れを回復することなく1時間20分ほど遅れてアルバニーを出発しました。

  しかし、ここからは爆走でどんどん遅れを回復し、所定より約15分遅れてボストン南駅に到着。お疲れ様でした。

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  西海岸ロサンゼルスから東海岸ボストンまで、5,200km。飛行機の格安チケットを使えば200ドル台で往復できる今、片道所要時間72時間15分、料金約$1,200は、時間的にも、金銭的にも非常に贅沢な旅です。

  しかし、食事のテーブルでの同行の旅人との出会い、流れ行く景色を心行くまで眺める至福。何時間もの遅れを笑い飛ばす余裕。21世紀に生きる我々に残された数少ない心の贅沢の一つです。

  近年まで数多くの夜行列車が西へ東へ雁行していた日本でも、年々夜行列車が廃止され、現在では数えるほどになりました。アメリカでも、巨額な赤字に毎年のようにアムトラック解体が議論されています。もしかしたら数年後、アメリカに長距離列車は走っていないかも知れません。

  いつかは乗ってみたい、と思っている人は多いはずです。でもおそらく、いつまでもあるものではありません。ちょっとの時間とお金の余裕を作れるみなさん、是非体験してみてはいかがでしょうか。

おまけ。食堂車でのお食事集。

1日目ディナー(ビーフ)

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2日目朝食(チーズオムレツ)

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2日目ランチ(ローストビーフ)

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2日目ディナー(テラピア)

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3日目朝食(フレンチトースト)

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3日目ランチ(バーガー)

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4日目朝食(スクランブルエッグ)

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4日目ランチ(バーガー)

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旅行の前後で3キロ体重が増えました。マジで。タダだからってデザートまでしっかり食べるのがいけないんだけどさ。ヽ(`Д´)ノウワァァァン

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砂の彫刻

  ボストン中心部から地下鉄で行ける一番近いビーチ、Revere Beachでは、毎年7月に、"New England Sand Sculpting Festival"が開かれます。Sand Sculptingとは、砂の彫刻のこと。使って良いのは10tの砂と少量の糊の入った水だけ、"Degree of Difficulty(彫刻の難易度)"、"Originality(独創性)"、"Quality of Finish(完成の品質)"、"Overall Impact(全体の印象)"の4方面からの評価で投票によって勝者が選ばれます。

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  このお祭りは2005年から開催されているもので、今年は14日から20日の一週間、12人の砂の彫刻家たちがその出来栄えを競いました。今年は昨年に引き続いてオハイオのCarl Jara氏が優勝。

1位:EUPHORIA

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2位:Catching Falling Stars

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3位:EVERYONE Needs a Hobby!

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4位:LOST

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5位:THE FLAME

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とりあえず私のお気に入りはこれ。"TAKE IT To The LIMIT!"

テレビの"TONY"とか、代名詞"it"と"IT"(Information Technology)を掛けた名前もイカしてます。

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Chicago

シカゴ。

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  イリノイ川がミシガン湖に注ぐ河口付近は、古くからネイティブアメリカンの交易の場として栄え、現在でも北米中西部の経済・金融の拠点となっています。

  1871年に起こった大火は、シカゴの街のほとんどを焼き尽くしました。しかしこれによって、近代的な都市計画に基づいた街づくりが行われ、世界でも有数の高層建築の林立する街に生まれ変わっています。

  下の写真奥、右手のビルが高さ442m、アンテナ部分を含めると529mの110階建てのビル、シアーズ・タワーです。世界ではマレーシアのペトロナス・ツインタワー、台湾の台北101に次いで3番目、北米では最も高い建物です。

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  現在でも摩天楼の建築は継続中で、街のあちこちで工事が行われています。中央クレーンの建った建設中のビルが、あの不動産王、ドナルド・トランプが建設中のトランプ・タワーで、ニューヨークのテロ事件以降、高さの変更で紆余曲折ありましたが、415m、92階建てに落ち着いたようです。今年完成予定とのことであと少し。

  2011年に完成予定のスパイアビルは、高さ609mの世界で最も高い建築物となる予定でしたが、どうやらドバイで2009年に完成を目指して建設されている818mの「ブルジュ・ドバイ」に完成を前にして抜かれてしまったようです。

  シアーズタワーからの夕景。馬鹿とケムリは高いところが大好き(^^)。

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  シカゴの食といえばピザとマクドナルド。なんだかどちらもファーストフードの代名詞ですね(^^;

  郊外のDes Plainsにはマクドナルド一号店が博物館として残されています。日曜日はお休みでした。

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  マクドナルド創立50周年を記念して、この一号店を模して作られたのがダウンタウンにある50周年記念店舗。

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2Fにカフェがある以外は、メニューは普通のマクドナルドと同じでした。

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  シカゴ風ピザ。イタリアのピザは縁がありませんが、シカゴのピザは縁があって具だくさん。お鍋で出てきます。

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Independence Day

  7月4日はアメリカ独立記念日。

  アメリカ独立戦争中の1776年、「独立宣言書」が採択された日です。

  1620年、メイフラワー号で上陸したピルグリム・ファーザーズによってマサチューセッツ州プリマスに最初の開拓地が作られました。その後、イギリスからの迫害を逃れた清教徒が大量に移民し、良港に恵まれたこともあってボストンは発展します。ボストンは1962年、ニューイングランド地方最大の単一植民地となりました。1700年代には現在のアメリカの伝統や習慣の多くがここボストンで育まれたと言われています。しかし同時に、イギリス支配に対する反感が高まり、ボストン虐殺事件、ボストン茶会事件へとつながります。これら事件をきっかけとした懲罰的課税によって市民のイギリスに対する反感はピークに達し、1775年にボストン近郊のレキシントンでの武力衝突によって独立戦争の火蓋が切って落とされました。

  のちに合衆国初代大統領となるジョージ・ワシントン率いる独立軍は、1776年ドーチェスターに砦を構え、イギリス軍をボストンから撤退させることに成功します。数々の戦いに勝利したアメリカ13州はついに7月4日、イギリスからの独立を宣言します。

  宣言書はフィラデルフィアからボストンへ届けられ、7月18日トーマス=クラフト大佐によって市民の前で読み上げられました。

  ふう。以上、マサチューセッツにおける合衆国建国の歴史の説明終わり(笑)。

  毎年、独立記念日にはオールド・ステート・ハウスで当時の朗読の様子が再現されます。

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独立記念日最大のイベントは、チャールズ側沿いのエスプラナードで行われるボストンポップスのコンサートと花火で、CNNで全米に生中継されます。指揮は毎度おなじみ(?)キース・ハーロック。

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独立記念日は、アメリカ建国の歴史を肌で感じられるイベントですが、日本人には今ひとつピンとこないのが難点か(笑)。

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Pike's Peak Cog Railway

なぜかこのBlog、ケーブルカーとか登山列車のエントリが多い。

Pittsburg Incline → アメリカ最古のケーブルカー

Mt.Washington Cog Railway → 世界最古の登山列車

Chatanooga Incline → 世界最急勾配のケーブルカー

そのワケは.....
「バカとケムリは高いところに昇りたがる」
........真理だ。

  というわけで、今週もまた高いところからお送りします。降り立ったのはコロラド州、デンバー国際空港。コロラド州は、南北にロッキー山脈が貫いており、州全体の平均標高が2,000mを超える、全米で最も高い所にある州です。
  デンバー国際空港からしてすでに標高1,600m。空気が薄いぜ。おまけにこの空港、ターミナルの長さが1,000m以上あります。飛行機に間に合わない!とか走ったら確実に酸欠になるな、こりゃ。
  ちなみに、このデンバー国際空港、世界の民間空港の中で最も長い、4,853mの滑走路を持ちます。一般に、標高が高く、空気の薄い場所では、飛行機の翼が発生する揚力(浮き上がるための力)、エンジンの発生する推力(前に進ませる力)ともに低下するため、飛行機が離陸するためにより長い滑走距離が必要になるためです。

Pike's Peak Cog Railway

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  コロラド州には、13000フィート(3,962m)以上の山がなんと250峰以上、さらに、14,000フィート(4,267m)以上の山も53峰もあります。Pikes Peakはその中で31番目に高い山で、その標高は14,110フィート(4301m)です。

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  Pike's Peak Cog Railwayは、麓の町Mantouから頂上まで約8.9マイル(14.2km)を結ぶ登山鉄道です。登山鉄道としては、全長、到達高度ともに世界一です。ただし、一般の鉄道を含むと、チベットの青海鉄道(5,072m)、ペルーのアンデス中央鉄道(4,787m)、アンデス高原鉄道(4,319m)についで4番目に高いところを走る鉄道ということになります。

  なお、山の名前Pikes Peakは、探検家Zebulon Pikeにちなむものですが、鉄道の名前はPike's Peakとアポストロフィがつきます。

  鉄道の開業は1890年。平均勾配は約160‰(1,000m進んで160m登る)で、中央のラックレールに車両側の歯車(ピニオン)を噛み合わせながら上ります。Pp2

  採用されているラック方式は、アプト式と呼ばれる2本の位相をずらした歯に2枚の歯車を噛み合わせるもので、同じアメリカのラック式登山鉄道のワシントン山登山鉄道(こちらはリンゲンバッハ式)とは方式が異なります。

  開業当初は蒸気機関車を使用していましたが、現在では(本場?)スイス製のディーゼルカーです。旅客用の車両は、2両編成が四編成と、単行車両2両の計8編成を保有していますが、相互に連結して運行することはできません。ハイシーズンには、複数の編成を続行させて運転します。

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  手前に見えるのがGE製の事業用牽引車で、これは電気式ディーゼルカー、つまりディーゼル発電機で発電した電力でモーターを回して進みます。屋根上に見えるのは抵抗器です。下り坂ではエンジンをシャットダウンして、車輪のモーターで発電した電力を抵抗器で熱に変えて減速します。

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車内の様子。

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運転台。車のハンドルに似ていますが、これで方向を変えるわけではありません。ヨーロッパの鉄道によく見られるタイプで、右に回すと加速(アクセルに相当)、左に回すと減速(ブレーキに相当)します。

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1日目最終便
  麓のMantouに行ってみたところ、天候は曇。とりあえず登ってみることに。が、途中から雲の中に。

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斜面を登る雲はなかなか幻想的ですが、頂上も雲の中で真っ白け。

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2日目始発便

  1日目は天候が思わしくなく、やや消化不良だったので天候が改善した翌日朝にリベンジ。

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岩場と針葉樹林の中を進むうち、やがて森林限界を超えて眺望が開けます。

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途中はこんなお客さんも。

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そして行程の最後は250‰の勾配をラストスパート。

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頂上からは遠くカンザスまで望むことができます。

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  一般に、人間が酸素マスク無しで活動できる限界高度は14,000フィートと言われています。Pikes Peakの頂上はちょうどこの限界の高度ということになります。ここは0.6気圧程度、この高度を超えて与圧無しで飛行する航空機では、パイロットも酸素マスクを装着することが義務付けられています。はしゃぎすぎたり、体調によっては、高山病になる人もいるでしょう。現に、帰りの列車では青い顔をしてぐったりしている人も見かけました。

おまけ。Georgetown Loop Railroad
  コロラドには魅力的な保存鉄道がそれはそれはたくさんあるのですが、とてもまわりきれないので今回はお預け。
  これはそんな中のひとつ。Georgetown Loop鉄道。その名の通り、弧を描いて山を登っていきます。

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ピッツバーグ

ペンシルバニア州ピッツバーグ。

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  町の中心地は、アルゲニー川とモノンガヘラ川が合流し、オハイオ川になる三角地帯に位置します。水運の利を活かしてヨーロッパから多くの人々が入植し、古くは毛皮貿易の拠点として、その後五大湖周辺の鉱床やアパラチアの炭田に近いことから、鉄鋼の街として栄えました。

  また、郊外のオークランド地区にはカーネギーメロン大学やピッツバーグ大学などの名門大学・研究機関が軒を連ね、文化の香り漂う街でもあります。現在では、これら研究機関がかつての鉄鋼や重工業を中心とした産業から、ロボットやバイオなどの先端産業へと牽引し、多くのハイテク企業が拠点を構えています。

Station Square

  ステーションスクエアは、その名の通りかつて鉄道の貨物駅のあったところを改装して整備した商業エリアで、基本的にはかつての鉄道施設の建物をそのまま利用して作られています。

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1859年から1927年まで使用された溶鉱炉の実物。

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ここは駅跡地ではありますが、いまでも貨物路線自体は現役で、現在でも頻繁に貨物列車が行き交っています。数百両編成の巨大な貨物列車が行き交うのを見るととても壮観。現在でも物流の要衝なんですね。

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Cathedral of Learning

  オークランド地区、ピッツバーグ大学のメイン・キャンパスにある「Cathedral of Learning(学問の大聖堂)」。1937年に建てられた42階建てのネオクラシック様式。ピッツバーグ大学のみならずピッツバーグのシンボルというべき存在です。

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特筆すべきは、ナショナリティ・ルームズと呼ばれる、各国の特色を取り入れた26の教室があること。各国について知るには、その国の文化に囲まれて学習すべし、という思想に基づいているとか。下の写真はオーストリア教室。

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  ピッツバーグは丘に囲まれた地形で、重工業の煙が低地にこもり、一時期は深刻な大気汚染に見舞われていました。住宅はそれを避けるために丘陵地帯に開発されたため、ダウンタウンから丘陵地帯へと上り下りするためのインクライン(ケーブルカー)の路線が発達しました。かつては17路線もあったそうですが、現在ではモノンガヘラ(Monongahela)とドゥケン(Duquesne)の2つの路線が営業しています。

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  1870年に営業が開始された、アメリカでもっとも古いケーブルカーです。全長194mで、113mを上ります。勾配は一定で約35度。

片道$2で、往復または乗り継ぎがある場合は含めて$2.5です。

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車内は3つのコンパートメントに分かれており、それぞれ段差がつけられています。定員は各コンパートメント8名まで。

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登った場所にある展望スペースからは、ダウンタウンが一望に。

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こちらは1877年開業で、全長はモノンガヘラよりやや長い244m。標高差122mで勾配は約30度です。こちらも片道$2ですが、往復や乗り継ぎの割引はありません。

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こちらは車内に段差はつけられておらず、客室はひとつだけです。車内の床が水平になるように、豪快にゲタがはかせてあります。

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なんと、50セント支払うと、ケーブルカーの巻き取り装置部分を見学できます。こいつは、すばらしい!

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実はこのインクライン、登った場所から眺める夜景が有名です。USA Weekend(www.usaweekend.com)と呼ばれる旅行サイトで毎年選ばれている「アメリカで最も美しい場所(Most Beautifle Places in America)」で、2003年に2位を獲得しています。
(ちなみに一位はアリゾナのセドナ渓谷でした)

3本の川とインクラインと摩天楼。う~ん、美しい。

左端の一際明るい場所はPNCスタジアムです。

下の写真、左上にUFOが写っていますが、気にしない。(注:雷です)

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当然、車両の中からも夜景が楽しめます。

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Mount Washington Cog Railway

ニューハンプシャー州北部、ホワイトマウンテンと呼ばれる山系は、秋には美しい紅葉に彩られるニューイングランド地方屈指の観光名所です。山々には、マディソン、アダムス、ジェファーソンと歴代のアメリカ大統領の名前がつけられています。

その中で最高峰がワシントン山で、その標高は1917m。麓のMarshfield駅から山頂まで、標高差約1100mをMount Washington Cog Railwayと呼ばれる登山鉄道が結んでいます。

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開業1868年、本場スイスに先駆ける、世界最古の登山列車です。

路線延長4.8km、標高差約1100m。平均勾配は約250‰(1000m進んで250m登る)です。最急勾配部分は374.1‰(1000m進んで374.1m登る)。

"Cog"とは「歯車」の意味。レール中央に設置された梯子状のツメ(ラックレール)に、機関車の車軸に取り付けられた歯車を噛み合わせながら急勾配を登ります。

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機関車は1870年代から1880年代に作られた蒸気機関車がそのまま使われているのもうれしい。 ボイラーが前方に傾いているのは、勾配によって水が寄らないようにしているのです。

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山頂までに石炭約1tと約1000ガロンの水を消費します。途中で列車の交換と給水のために約10分停車するのを含め、山頂までは約1時間20分の道のり。列車は歩く位のスピードで、ゆっくりゆっくり登っていきます。

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車内の様子。窓を開けると煤が入ってくるので汚れても良い服装で。

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下り坂では客車側も乗務員が細かくブレーキを制御してスピードをコントロールします。

途中、上り(登り?)と下りの列車が交換できる場所は2箇所あります。ポイント(分岐機)は一方は手動で一方は電動。下の写真は手動の方のポイント。中央のラックレールがあるのでとても複雑な構造です。

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こちらは電動。なんと、レールが乗った道床ごと横にスライドして切り替えます。構造は単純ですが、なんだか力ずくですね。

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山頂に到着~。山頂での20分の休憩も含め、往復で所要約3時間です。

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ビンテージもののSLで、しかも登山列車。オススメです。

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US route 1

アメリカ合衆国の国道1号線にあたるUS route 1は、アメリカ合衆国最南端のキーウエストを始点として東海岸を北上し、カナダ国境に近いメイン州フォートケントまでの2,390マイル(3,846km)を結びます。とりあえず先っちょ両方に到達。

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スペースシャトル

2008年5月31日17時02分、スペースシャトル「ディスカバリー」がフロリダ東部のケネディ宇宙センターから打ち上げられました。

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  今回のミッションSTS-124は、国際宇宙ステーション(ISS)での日本の実験施設「きぼう」の2回目の輸送となり、日本人の星出さんが搭乗するなど、日本にも大変関係の深いミッションです。

  本ミッション直前の28日にISSのトイレが故障し、急遽その修理部品も搭載されました。

  当初の予定通り夕刻17時02分、やや大気の状態が不安定との天気予報をよそに、快晴の空に一条のコントレールを引いてフロリダの空高く飛び立っていきました。

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搭乗員の安全とミッションの成功を願わずにはいられません。

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シアトル

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ワシントン州シアトル。

  ボーイング、マイクロソフトやアマゾン、スターバックスなど、アメリカを代表する超優良企業が拠点を構えることでも有名で、空の玄関口タコマまでを含めた人口は380万人。

  驚いたのがシアトル・タコマ空港内の案内が、英語+日本語であったこと。アメリカの人口の13.4%はヒスパニック系と言われ、アメリカでは英語の他はスペイン語の案内があることが普通です。まして東洋系の人種でも日系より中国系の人の方が圧倒的に数が多いわけで、日本語の案内を見ることは滅多にありません。ニンテンドーアメリカやシアトルマリナーズのイチローなど、日本にも関係が深い街といえましょう。

Boeing Field

  シアトルには、街の北側エバレット(Evalett)と、南側レントン(Renton)にそれぞれボーイングの工場があります。

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  写真はエバレットの工場建屋。ここではB747、B777など大型の飛行機が生産されていて、容積が世界一大きな建物だそうです。青く見える部分は飛行機を出し入れするための扉。ここに描かれた絵も世界最大のデジタルアートで、どちらもギネスブックに掲載されているとか。

  この工場内は、一日何回か行われるツアーで見学することができます。ただし、工場内は撮影はおろか、携帯電話をはじめ全ての電子機器が持ち込み禁止です。

  昨年7月に完成披露されるも、いまだ初飛行していないB787ドリームライナーの生産ラインも見学できます。塗装が剥がされた部分が問題がある部分でしょうか......

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  一方、レントンの工場には、航空博物館(Museum of Flight)が併設されています。更に、隣のAir Parkにも歴史的な機体がたくさん。ここにはボーイングのお膝元らしくB737、B747の初号機などの貴重なコレクションがありますが、多くの人には興味無いらしく(どちらも外見上大きな違いの無い新しいモデルが現在でも飛んでるしね)、コンコルドと旧エアフォース・ワンが人気のようでした。

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Seattle Monorail

  Westlake Center Mall駅からSeattle Center駅間約1マイルを90秒で結んでいます。あっという間ですが、料金は$2もします。

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今から46年前、1962年のシアトル万博にあわせて開業した大変歴史のある(≒古い(^^;)ものです。

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  このモノレール、複線ですが、転轍機が無いので相互のレールを車両が行き来することができません。二本の軌道にそれぞれ一編成ずつが常に同じ軌道の上を行ったり来たりすることになっています。

  面白いのはWestlake Center Mall駅の構造で、ホームが片側にしかありません。ではホームに接していない側の列車にはどうやって乗り降りするかというと、下の写真のように軌道の上にボーディングブリッジが伸びてアクセスできるようになっています。つまり、二つの列車は独立して動けますが、この駅は両方の列車が同時に乗り降りできないということになります。その上、この駅の部分は二つの軌道の間隔が列車の幅より狭くなっていて、ボーディングブリッジを出していないときでも二本の列車が同時にこの駅に存在することはできません。

  どうやら1980年代の駅周辺の再開発時にこのような仕様になったらしいのですが、2005年にはすれ違いしようとした列車が駅に近すぎて、列車同士が衝突する事故も起こっています。

  せっかく複線になっているのに何か中途半端で危険な仕様です。

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Safeco Field

  日本人にとってシアトルといえば、シアトルマリナーズのイチロー。ちょうどRedSoxとの対戦。ボストニアンとしては応援しないわけにはいくまい。打倒イチロー。

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Safeco2

イチローの超ファインプレーを総立ちで迎えるチームと観客たち。むむぅ。結局RedSoxが勝ったのでいいけど。

Safeco1

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バーモント・カレー

合衆国北部、カナダと国境を接するバーモント州。州の大きさは小さい方から数えて6番目、人口は少ない方から数えて2番目の小さな州である。州都モントリピアの人口はわずか8,000人足らず。はっきり言って村である。

しかし、日本人には意外とおなじみ。リンゴとはちみつ、ハウス・バーモント・カレー。

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トンガリ屋根のとってもかわいい、バーモント州、カレー(calais)にあるTown Hall。

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え、違う?

気を取り直してgoogle先生に訊いてみると、バーモント州には5軒しかインド料理店が無いらしい。ということでバーモント州最大の街、バーリントンの本格的インド料理店、その名もインディア・ハウスへ。

Vermont3

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※注:ハウス・バーモント・カレーの名前は、かつて日本で流行したリンゴ酢と蜂蜜を使った民間療法、「バーモント療法」にちなむもので、バーモント州とは何ら関係ありません。バーモント州で供されるカレーにもリンゴと蜂蜜は入っていません。多分。

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Goddard Rocket Launching Site

マサチューセッツ州、オーバーン(Auburn)のPakachoag Hill。

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いまは長閑なゴルフ場の一角に、ひっそりと小さな碑が建てられている。"Goddard Rocket Launching Site"

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  ここは1926年3月16日、ゴダード(Robert Hutchins Goddard)によって世界初の液体燃料ロケットが打ち上げられた場所である。それは飛行時間2.5秒、わずか高度十数メートルの飛行だった。
  ゴダードはここオーバーンに生まれ、16歳の頃に読んだH・G・ウェルズのSF「宇宙戦争」に強い影響を受けて宇宙に対する強い憧れを持つようになった。大学では物理学を専攻するが、結核を患い、授業にはほとんど出席できなかったという。そのかわりロケットの研究に没頭することになる。
  彼が世界で初めてここで打ち上げに成功した液体燃料ロケットの技術は、扱いの簡単な固体燃料と比較して微妙な推力調整が可能で、現代のロケットには欠かせない技術である。彼はロケットの燃焼室、ノズル、燃料ポンプ、ジャイロによる姿勢制御や、多段ロケットの理論など、現代のロケットに必須となる技術をほとんど一人で開発し、近代ロケットの父と呼ばれる。

  しかし、彼の業績は、当時アメリカ国内では全く評価されることが無かった。

  1919年には「超高度に達する方法(A Method of Reaching Extreme Altitudes)」という論文を発表し、月飛行の可能性について言及したが、当時のニューヨーク・タイムズ紙は、「真空中では噴射の反作用によってロケットを推し進めるための物質が無い(the need to have something better than a vacuum against which to react)」のでロケットは移動できないと断じ、「高校レベルの知識が欠落している(only seems to lack the knowledge ladled out daily in high schools)」とまでこき下ろした。

  一方で、当時ドイツで同じく宇宙旅行を夢見てロケットの研究をしていたフォンブラウンに多大な影響を与える。1942年、フォンブラウンによって開発されたA4ロケットは、人類が初めて宇宙空間に到達させた人工物体になった。
しかし、ロケットの研究は第二次世界大戦によって強く軍事色を帯びるようになる。A4ロケットは弾道兵器V2ロケットとして量産され、ドイツはそれを何千発もロンドンに打ち込んで市民を恐怖に陥れた。

  ドイツ降伏後、アメリカに運ばれたV2ロケットを調査したゴダードは、その構造が彼のロケットと極めて似ていたこと、そしてその技術が兵器として使われたことに強い衝撃を受けたと言われている。ゴダードはこれに深く心を痛め、月に行くことを夢見たまま、第二次世界大戦が終結した1945年にこの世を去った。

  ゴダードの死から24年経った1969年7月17日、ニューヨーク・タイムズは人類初の月着陸を目指すアポロ11号の打ち上げ成功を報じる傍らで、短い訂正記事を掲載した。

「のちの調査と実験により17世紀のアイザック・ニュートンの理論を確認し、大気中と同様に真空中でもロケットが推進できることは明確にいま実証された。タイムズは過ちを遺憾に思う。」
"Further investigation and experimentation have confirmed the findings of Isaac Newton in the 17th century and it is now definitely established that a rocket can function in a vacuum as well as in an atmosphere. The Times regrets the error."

  彼の名前はメリーランド州のNASAの衛星管制施設、ゴダード宇宙センターの名前として刻まれ、永く後世に記憶されている。

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Go Go Godzilla!

5月5日は松井の日。
4日、日曜日のニューヨークは天気予報に反して暖かな晴天でした。

日本はゴールデンウイークの真っ最中、イチロー、城島も出場するマリナーズとの対戦ということもあって、ヤンキーススタジアムは日本人がいっぱい。青い芝生が眩しいぜ。

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松井は4番指名打者で登場。3回には同点タイムリーを放つなど、4打数2安打2打点。

Matsui1

Matsui2

初回にマリナーズがベルトレのツーランホームランで挙げた2点をヤンキースが3回に逆転してからは、5回以降は両チーム得点無く何か淡々とした試合運び。$8もするホットドッグと同じく、試合は何故か大味なのでした(^^;

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Virginia beach & Outer banks

バージニア州東部の沿岸部はハンプトンローズ(Hampton Roads)と呼ばれ、天然の入り江が多くあることから古くから港湾都市として栄えました。この地域にはアメリカ海軍・空軍・陸軍、さらにはNATOの軍事施設や造船施設などが立ち並びます。

その中でチェサピーク湾に面したバージニアビーチ市は、美しい砂浜と温暖な気候に恵まれた観光地で、バージニア州最大の都市です。

Virginiabeach1

チェサピーク湾には、大西洋に面した外洋との境目にチェサピークベイブリッジが架かります。全長24,140m、アメリカで2番目、世界では5番目に長い橋です。大型船舶が航行できるよう、途中2箇所が海底トンネルになっています。ノーフォーク空港に向かう飛行機からは、この橋と、海洋トンネルの入り口を見ることができました。

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橋の上から見たトンネル入り口はこんな感じ。普通のトンネルですね(^^;

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一方のトンネル入り口の先端からはるか出口を望む。

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さて、バージニアビーチから南方には細長い砂洲が続き、ノースカロライナ沿岸まで130マイルに渡って、アウターバンクス(Outer Banks)と呼ばれる細く長い島々が続いています。

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砂洲と原っぱ以外は何も無いアウターバンクスですが、ここには世界一有名(?)な原っぱがあります。それはキティホーク、キルデビルヒル。

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ここは1903年12月17日、ライト兄弟によって人類初の有人動力飛行に成功した場所。

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人類初の動力飛行は、その距離36.6m、わずか12秒のことでした。その日行われた4度の飛行実験の着陸地点は、石碑で位置が記録されています。

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アウターバンクス沖の大西洋は、ちょうどメキシコ湾からの暖流とラブラドル寒流が交わるところで、航海の難所として知られています。そのため、アウターバンクスにはいくつかの灯台が建てられました。

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写真のハッテラス灯台は、1871に建設され、高さ63m、レンガ造りの灯台としては全米一の高さです。もともとはもっと海辺にあったのですが、波による浸食から守るため、1999年に現在の地に移設されました。

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こちらはボディー島灯台。ハッテラス灯台とほぼ同時期の1872年に建設されました。シマシマのパターンが異なるところにこだわり(?)を感じます。

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ハッテラス島とピー島との間にかかるヘルベルト・C・ボナーブリッジ(Herbert C. Bonner Bridge)に沈む夕日。

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メイン州ナローゲージ二題

今でこそアメリカでは鉄道旅客輸送の重要性はかつてより大きく低下しましたが、鉄道遺産の保存については日本よりもずっと熱心で、役割を終えた多くの鉄道が趣味人・ボランティアの手によって維持・管理されています。

アメリカの保存鉄道の多くは学校の夏休みの期間、つまり6月から9月まで運行されます。従って今はオフシーズン。どこか動いているところは無いかしら、と色々調べて見ると、メイン州のいくつかの保存鉄道が動いていそうなので週末を利用して訪ねてみました。

訪れたのはポートランドの"Maine Narrow Gauge Railroad"と、アルナの"Wiscasset, Waterville and Farmington Railway"。どちらもナローゲージ(狭軌)の鉄道です。

ナローゲージ(狭軌)とは、レールの幅が狭い鉄道のことを言います。一般には、蒸気機関車を発明した英国のスチーブンソンから連綿と受け継がれてきた「標準軌」と呼ばれるレールの幅、1435mmよりも狭いレールの幅を採用した鉄道のことです。1435mmは古代ローマ時代から荷車や馬車の車輪の幅だったとの説がありますが、本当かどうかは知りません(^^;

ただ、日本の場合はちょっと複雑で、明治時代にイギリスから鉄道技術を導入する際に、「日本は国土が狭く、山地も多くて工事が大変なのでレールの幅は狭い方が良いだろう」との判断から、多くの路線が1067mmのナローゲージで建設されました。現在でも、新幹線や一部の私鉄を除いて、JRの在来線をはじめ多くの鉄道のレールの幅は1067mmで、日本においてはこちらのほうがむしろ「標準」です。

"Maine Narrow Gauge Railroad"と"Wiscasset, Waterville and Farmington Railway"のレールの幅は共に610mm。正真正銘のナローゲージです。

Maine Narrow Gauge Railroad Museum

メイン州ポートランドにはかつてナローゲージで活躍した蒸気機関車の製造会社があり、この"Maine Narrow Gauge Railroad Museum"もその工場の跡地を利用したものだとか。この博物館は、4両の蒸気機関車を含めナローゲージではアメリカ最多のコレクションを誇り、アメリカのナローゲージファンには聖地のような場所らしい。

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コスコ湾沿いに1.5マイルほどのレールも敷かれており、ナローゲージの乗り心地を体験(?)することができます。湾に沿って海辺を走るので、とっても爽快。今日はディーゼルカーでの牽引ですが、1年のうち10回ほどSLも先頭に立ちます。

Narrow2

レールはかつての標準軌(1435mm)の貨物線を狭軌(610mm)に改軌したもので、多くの枕木は標準軌時代のものがそのまま使われています。枕木と比較するとレールの幅の狭さが分かります。今は使われていない可動橋(Swing Bridge)に標準軌、狭軌両方のレールが残されていました。内側の2本のレールがこの鉄道のレール幅です。ね、狭いでしょ?

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Wiscasset, Waterville and Farmington Railway

通称WW&F。19世紀の終わり頃、メイン州東部の港町Wiscassetからカナダのケベックを目指して建設が進められた鉄道ですが、FarmingtonでのSandy River Railroadとの接続交渉が不調に終わり、結局最後までケベックに至ることはありませんでした。

現在では途中駅のシープスコット駅周辺の2マイルほどがボランティアの手によって復元され、シーズンには蒸気機関車の運転も行われています。

Narrow5

webページには4月19日から運転する、とのことが書いてあったのですが、行ってみたところSLはレストアの真っ最中。水タンクの整備中とか。

「来週はバラストの散布とSLの火入れをするので是非手伝って欲しい」

とボランティアへの参加を強くお願いされてしまいました(^^;

現在シーズン再開に向けて線路、車両ともに整備中で、乗せてくれた列車も工事用の貨車を連結した混合列車となりました。

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こうした保存鉄道は、幾多のボランティアによって支えられているわけで、それにはちょっと憧れるんですが、さすがにボストンから毎週は行けないなぁ。

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テネシー州 チャタヌーガ

ジョージア州アトランタから車を飛ばしておよそ2時間。州境を超えたテネシー側にチャタヌーガの街はあります。

古くからテネシー川の水運と鉄鉱石の産出で重工業が栄え、鉄道の要衝としても発展しました。全米初の旅客列車も、ここチャタヌーガとシンシナティの間で1880年に運行が開始されています。この列車の名前をタイトルにした曲、「チャタヌーガ・チューチュー」がヒットしたことにより、チャタヌーガの名前が世界に広まることになりました。

しかし1960年代に入ると深刻な大気汚染に見舞われ、さらに1970年代には鉄鋼不況によって失業率が跳ね上がり、チャタヌーガの街は荒廃します。しかし官民一体となった環境の改善と街の再開発が功を奏し、現在では全米でも最も住環境の良い街のひとつと言われるまでになりました。

Chattanoogaとはネイティブアメリカンの言葉で「岩が迫るところ」。その名のとおり街の一角にはLook Out Mountainという岩山がそびえ、これが観光の目玉となっています。

Ruby Falls

Look Out Mountainには多くの洞穴があることが知られていて、古くはネイティブアメリカンの住居や南北戦争の野戦病院、また鉄道のトンネルなどとして活用されてきました。Rubby Fallsは、大変珍しい洞穴の中にある滝です。地底390m、その落差50mにも及びます。

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鍾乳洞ツアーで見つけた個人的なお気に入り。「Steak & Potato」(^^;

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Incline Railway

Inclineとはケーブルカーのこと。Incline Railwayは、Look Out Mountainを登る約1マイルのケーブルカーです。なんといってもこの鉄道の特色は、最大傾斜72.7%(100m進んで72.7m登る)、旅客輸送を行う鉄道の中で、世界一の傾斜を誇ります。

Incline1s

車内の様子。天窓もあって開放的。行き違いにはお互い手を振って。

Incline2s

最大斜度72.7%の勾配に挑む。

Incline3s

Rock City Garden

Look Out Mountainの最も見晴らしの良い場所にRock City Gardenがあります。

Rockcity1

先端のLover's leapからは、7つの州が見渡せるというのですが.........

Rockcity2

テネシー、ジョージア、ノースカロライナ.......分かりません(>_<)

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マイアミ

週末はボストンから一路約2000km南下してマイアミへ。

マイアミは北緯約26°で日本で言うと那覇と同じですが、亜熱帯性の気候で1年を通して海水浴が楽しめます。著名人の別荘も多く、北米のリゾート地の代表格と言えましょう。古くはスペイン領であったこと、カストロ政権下のキューバから大量の難民が移り住んだことから、人口の約半分はスペイン語を話す特殊な地域でもあります。

Miami

特にその大西洋に面した南端に位置するのがサウスビーチで、アールデコ調の建物が立ち並び、高級ブティックが多くあるファッションの中心地でもあります。オーシャンドライブ沿いは毎夜お祭り騒ぎが繰り広げられています。

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そんなオーシャンドライブにあるNewsCafe。24時間"Breakfast"が食べられます(^^; 店内で世界中の新聞を売っていることで有名で、ここサウスビーチに居を構えていたジャンニ・ベルサーチも毎日通っていたといわれています。1997年、彼はNewsCafeからの帰り道、彼の家の前で射殺されました。

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Newscafe1

さて、マイアミのグルメといえばやっぱりシーフード。特に名物なのがストーンクラブと呼ばれるカニ。このカニはハサミが片側だけ大きく、失ってもまた生えてきます。そこで、このカニは、ハサミだけとってまた海に戻すという変わった漁が行われています。そのストーンクラブで有名なのが「Joe's stone crab」というお店。有名店ですが予約を取らないことでも有名で、観光シーズンには3時間待ちになることもあるとか。

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ストーンクラブももちろんイケるが、ここでオススメしたいのがビスクとクラブケーキ。ビスクはカニやエビなどの甲殻類を殻ごと煮込んで作るスープ。非常に濃厚で大変美味。クラブケーキはカニのほぐし身を丸めて焼く料理ですが、ここのは揚げてある。アメリカらしいやや繊細さに欠ける料理ですが、こちらもおいしい。

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さて、ビーチから郊外に目を向けると、マイアミの西側にはエバーグレイズと呼ばれる湿地帯が広がっています。その広さ10,000平方キロ(東京都の約2倍!)にも及び、亜熱帯地域の動植物の宝庫で、世界遺産にも指定されています。実は水深15センチ、幅150kmの1日30cm流れる川なんだそうです。水深が極めて浅いため、移動には通常の船が使えず、エアボートと呼ばれる乗り物で移動します。これは、底が平らで、後につけた大きなプロペラで進む乗り物で、結構なスピードが出ます。エバーグレイズ周辺にはこのエアボートに乗って観光する施設がいくつかあります。

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Evergrades1

そしてマイアミの南側には400もの島々が連なるキー諸島(Florida keys)が広がります。この遥か240km先の最南端の島がキーウエストで、この島までUSルート1(東海岸の国道1号線)が伸びています。両側をエメラルドブルーの海に囲まれたドライブはとっても爽快です。写真は映画トゥルーライズでアーノルド・シュワルツェネガーに壊された(?)全長7マイルにも及ぶその名もセブンマイルブリッジ。

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隣に見える橋は古い鉄道橋です。セブンマイルブリッジは1909年、鉄道で結ばれましたが、1935年にハリケーンによって破壊され、その後現在の道路橋が建設されました。現在では長い長いフィッシングピアとして活用(?)されています。沿道ではところどころ鉄道橋跡を見ることができます。

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そしてUSルート1の行き着く先には.....

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起・終点を示すゼロマイルポスト。遥かニューヨーク、ボストンを経由してメイン洲のカナダ国境まで続く3825kmのUSルート1の終点です。反対車線にはBEGINのポストがありますが、どっちも「MILE0」の表示。ENDの方は最大の表示「MILE2377」であるべきだと思うのですが。

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そしてアメリカ合衆国最南端、サザンモストポイント。「先っちょ好き」は洋の東西を問わないようで、記念撮影には行列ができていました。

キー諸島の名産はキーライム。普通のライムより小さくて香りが強いです。これを使ったキーライムパイ。甘~。

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キーウエストは、アメリカ人の「リタイアしたら住みたい町No.1」だそうです。

Key4

確かに、ずっと港を眺めてボケっとしたい、そんなのんびりした港町なのでした。

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Mystic Pizza

コネチカット州Mystic。

ボストンからAmtrakに乗って1時間30分ほど。かつては造船で栄えた古い港町ですが、現在はのんびりとした漁港で、列車の車窓からは、ニューイングランド地方らしい白壁の家々や、穏やかな入り江に浮かぶ漁船たちを見ることができます。

Mysticには可愛らしい駅がありますが、Acelaはおろか普通列車も多くが通過し、一日に発着する列車は僅か4往復です。

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町の中心部を流れるMystic Riverには橋が架かりますが、係留されている船が出入りするために、鉄道、道路ともに可動橋になっています。

下の写真は道路橋、こちらは跳ね橋(Drawbridge)で、なんと1922年建造とか。

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鉄道橋。こちらは水平に回転するSwing Bridgeです。高速列車が行き交う幹線上に可動橋があるのはちょっとカルチャーショックです。

Mystic_2

動いているところを見たいところですが、船が通行するのは早朝が多いようです。GoogleMapの航空写真では回転しているところが撮られていました。Googleは相変わらず目ざとい。

大きな地図で見る

さて、ここMysticで特に有名なのが「Mystic Pizza」です。Mystic PizzaはMysticのメインストリートにあるピザ屋さんなのですが、このお店を有名にしたのが1988年に公開された映画、「Mystic Pizza」です。

この映画はMystic Pizzaに働く3人の女性の恋模様を描く青春映画で、映画デビューしたてのジュリアロバーツが出演していることで有名です。彼女がスターの座をつかんだ「マグノリアの花たち」「プリティウーマン」などの映画よりも前の作品で、彼女の初々しい(?)演技を見ることができます。

ちなみにこの映画、あのマット・デイモンが変なチョイ役で登場しますが、なんとこれが彼の映画デビュー作とか。

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店内の様子。

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House Special(Small)が$10位。列車の時間が迫っていたのでテイクアウトにしました。焼きたてで美味しいです。映画にならうなら"Superb!"ってところでしょうか。

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誇り高き人々

Amish

一つ前のエントリでも触れましたが、ストラスバーグ鉄道は、アーミッシュのコミュニティの中を走ります。

アーミッシュはスイスのプロテスタントを源流にする一派で、その厳しい戒律ゆえに迫害を受けてヨーロッパを追われ、現在ではアメリカのペンシルバニア州とオハイオ州の一部などに生活する人々です。「従順」「謙虚」「質素」を生き方の基本とし、コミュニティのために自らをささげることが美徳とされています。彼らは現代の技術を生活に取り入れることを拒み、服装は極めて質素で、移動には馬車を用い、電気製品のほとんどを使用しません。言語はドイツ語がベースとのことですが、現在のドイツ語とはかなり異なるようです。

大量消費社会、競争社会に生きる我々とは対極の生活を送っているわけで、私は彼らの独特の凛々しさ、高潔さに一種尊敬や畏れに近い感情をいだいています。

アーミッシュの生活はいくつかの映画の中でも描写されています。ハリソンフォード主演の「目撃者(1985)」、M・ナイト・シャマラン監督の「ヴィレッジ(2004)」は私も見たことがありますが、アメリカ人の目を通して見たアーミッシュも、カルトや行き過ぎた信仰といった否定的扱いではなく、ある種自分たちでは実践できない信仰に生きる誇り高い人々として描かれています。どちらも私の好きな映画です。

私の心に特に強い印象を残しているのは、2006年にここランカスターのアーミッシュの学校で起こった銃撃事件でした。5人の少女たちが犠牲になったその事件の悲惨さもさることながら、特に心に残ったのは、殺害された13才の少女が、自分より年下の生徒を助けるために「私を先に撃って」と犯人に申し出たと伝えられたことでした。その上、彼らはアーミッシュではなかったその犯人(犯行後に自殺)を赦し、残された犯人の妻や子供を気遣い、葬儀にも招いて抱擁したといいます。

あまり彼らは宗派の異なる人々とは関係を持とうとしませんが、決して閉鎖的なわけではありません。ストラスバーグ鉄道沿線では度々彼らの馬車に出会いますが、目が会うと必ず微笑んで手を振ってくれます。

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Delaware River Railroad & Srasburg Railroad

今週はイースターウィーク。

イースターは、イエス・キリストが人間の罪を背負い十字架にかけられ死んだ後、3日目によみがえらされた復活を祝う日です。「春分の後、最初の満月の後の日曜日」と決められていて、今年は3月23日。イースターといえば美しく彩色した卵を隠し、それを子供たち探す(Egg Hunt)のが有名ですが、これはかつて中世ではイースターの9週間前は野鳥の卵をとることが禁止されていて、禁が解かれるといっせいに野に出て野鳥の卵を探し、それを採って食べたという風習から来ているそうです。

そしてEgg Huntといえばなぜかウサギ。卵を探している子供たちが、偶然前に現れたウサギを見て「ウサギがこの卵を隠している」と勘違いをしたというドイツの童話が由来とか。

このイースターの週末に、ニュージャージーのデラウェアリバー鉄道と、ペンシルバニアのストラスバーグ鉄道が「イースターバニートレイン」を運行するというので土日を使って訪ねてみました。

一日目(Delaware River Railroad)

デラウェア・リバー鉄道は、「The New York Susquehanna & Western Technical & Historical Society」という長い名前の非営利団体が運営している保存鉄道です。三両の旧型客車(Susquehanna Budd Car)を保有し、毎年5月からはSLも運行されます。

ニューヨークから高速バスでペンシルバニア州イーストンへ。イーストンは1960年代の町並みがそのまま残ったような不思議な町でした。町の中央にはアメリカ独立戦争の英雄、ジョン・サリバンのモニュメントがあります。休日だからか人通りも少なく、電柱の無いふるい町並みに、50年前にタイムスリップでもしたかのような錯覚を覚えます。

Easton1

デラウェア・リバー鉄道が出発するのはデラウェア川を挟んで対岸、ニュージャージー州、フィリップスバーグです。イーストンのバスターミナルからデラウェア・リバー鉄道の駅までは1kmほど。デラウェア川を歩いて渡り、州境を超えます。

Easton2

これは路面も含めて全て金属製のFree Bridge。なんと1895年建造とか。いつも思うことですが、アメリカは金属製の巨大構造物が本当に多い。金属は軽くて丈夫ですが、値段が高いんです。こんなことからもアメリカって豊かな国だな~と思います。"Free Bridge"って何か大層な謂れでもあるのかと思ったら、近くにある有料の橋"Toll Bridge"に対して区別して言っているだけのようです。要は「タダ橋」ってことね。

Delriver1

Delriver3

今はSLのシーズン前なのでディーゼル機関車で牽引。機関車の付け替えが途中できないので、行きは機関車が最後尾から推す推進運転になります。最後尾の緩急車がイイ感じ。

Delriver4

保存鉄道の部分はフィリップスバーグからデラウェア川に沿って10km程度。この季節雪解けのため水量が多く、茶色の水がどうどうと流れています。列車は20~30km/hでゴロゴロ進みます。う~ん。車両が古いのはいいんだが、ボロい。窓にヒビは入っているし、座席の方向も転換する構造ですがビクともしないし......

Delriver2

ただ、イースターバニー大人気。

この日は更にグレイハウンドとAmtrakを乗り継いでペンシルバニア州ランカスターへ。

二日目 (Strasburg Railroad)

ストラスバーグ鉄道は、ペンシルバニア州ランカスターの郊外、ストラスバーグからパラダイスまでの約7kmを結ぶ鉄道で、会社設立はなんと日本では江戸時代にあたる1832年。実際の営業開始がいつだったかは定かではないとのことですが、1851年の時刻表が現存するとのこと。1957年に度重なるハリケーンで施設が甚大な被害を受け、廃線が決定するも、1958年有志により保存鉄道として復活。今年は保存鉄道設立から50年の節目を迎えます。

Strasburg1

ここには100両以上の展示車両を誇るアメリカ最大級の鉄道博物館(Train Museum of Pennsylvania)が併設されていますが、残念ながら本日はお休み。

ここでは複数の蒸気機関車が動態保存されていて、オンシーズンは毎日、オフシーズンは週末に運転されています。車両はFirst Class(一等)、Coach(二等)、Dining car(食堂車)などで構成され、季節や列車によってはPresident's car(特等)、Open Air(窓ガラスの無い車両)などが連結されます。各車両、ビクトリア調の内装で手入れも非常によく行き届いています。下の写真はCoachの車内。

Strasburg4

暖房は石炭ストーブです。

Strasburg3

乗ったのはもちろん(?)Dining car。

Strasburg5

車窓からのどかな田園風景を眺めながらランチをいただきます。

Strasburg2

もう一つ特筆すべきは、このあたりはアーミッシュの人々が暮らす地域ということです。彼らはプロテスタントを源流にする一派で、「従順」「謙虚」「質素」を生き方の基本とし、自動車や電気製品などの現代の技術を生活に取り入れることを拒んでいます。

Strasburg8

沿線では、彼らの馬車と頻繁に出会うことができます。

一日目のデラウェアリバー鉄道は正直微妙なところですが(SLのシーズンにまた行けば印象は変わるかもしれん)、ストラスバーグ鉄道は鉄道に興味が無い人でも楽しめること請け合いです。交通の便が悪い(車が無いと行けない)のが玉に瑕かなぁ。

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Hellgate Bridge

Amtrakでボストンからニューヨークに向かうと、ニューヨーク到着直前にHellgate Bridgeを渡ります。Hellgate bridgeは、1916年に建造された巨大な鋼鉄製のアーチ橋で、ワーズ島とクイーンズの間のイーストリバーに架かります。

並行する自動車道、Triborough Bridgeから見えるのを見て、その巨大さにいつも気になっていました。前後の高架部分の橋脚の高さは40mもあります。

Hellgate1

Amtrakの看板列車、Acelaがステンレスの車体を光らせて渡ります。

Hellgate2

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Moving Platform

ニューヨークの地下鉄Lexington Line、14th-street(Union Square)の駅のホームは大きくカーブしています。

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ここには"Moving Platform"があります。Moving Platformとは、"Gap Filler"、カーブによって車両とホームとの間に開いた隙間を埋める装置。

列車が到着すると、写真の櫛の歯状の部分が伸びて隙間をふさぎます。

日本では見たことが無いシステムなので楽しいです。

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列車とホームの隙間にご注目。

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ゴスペル教会

クリスマスも近いし、何かクリスマスっぽいことを。ということで、ハーレムの教会でミサを見学してきました。行ったのは信仰の薄い観光客(^^;も暖かく迎え入れてくれる Greater Refuge Temple。

そう! ゴスペル教会のひとつです。

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教会内部は撮影できないので、中の写真はありません。

一人で行ったので最初は1階に案内されましたが、観光客はおとなしく2階席で見学します。2階にはホリデイシーズンだけあってツアー客が結構いて、団体さんは見事にみんな日本人。日本以外からの観光客には人気が無いのだろうか?

とにかく熱い! のっけからsoulfulな歌声で満たされます。説教の内容は、私の英語力では全く分かりません(牧師さんごめんなさい)が、歌が熱いのは分かる!

ミサの間に何度か、寄付を募るお皿が回ってきます。そこで見かけた光景をひとつ。

あるご婦人が紙幣を人伝いに教会の人に渡したのですが、なぜか教会の人は札をちらっと見て首を横に振り、またそれを人伝いに返して寄越しました。その途中で、ある紳士がおもむろに自分の財布を取り出し、$1札と$5札で同額分と交換して彼女に回したのです。彼女はその中から一部をまた寄付しました。

これは全く言葉を交わさずになされていたので、私には何が行われているのか最初全く分かりませんでした。要するにご婦人は$20札を寄付に回したのですが、教会の人は高額すぎると返して寄越し、紳士は彼女に小額紙幣の手持ちが無いのだな、と判断して両替して回した、ということなんですね。何だか、みんな分かり合えていていいな、と思える光景でした。

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ニューヨークの夜景

とりあえずエンパイアステートビルに登ってみる。

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確かに綺麗だけど....

何か物足りない? そう、ビルの灯りが少ないですね。それは休日だから。平日に行かないと、ということかぁ~。

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The cheapest way

ニューヨークに行ってきました。今度はチャイナバスで。
チャイナバスは中国系企業が運営するバス会社のことで、各都市の中華街同士を結びます。中華街はたいていダウンタウンにあるのでとても便利。ボストンとニューヨーク間は所要4時間~4時間半で、Acelaより30分~1時間ほど余計にかかりますが、値段は1/10以下の片道$15です。

紐約 <-> 波士頓とか書いてあっておしゃれな感じ(笑)。

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乗客はアジア系ばかりというわけでもなく、「安い交通手段」として若い人には定着しているようです。休憩時間に運転手さんが車内を掃除してまわっていました。Good Job!

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Acela

ThanksGivingで連休だったので、AcelaでニューヨークとワシントンDCに行って来ました。

AcelaはAmtrakの看板列車で、ボストン-ニューヨーク-ワシントンD.C.間を最高時速150miles/h(約241km/h)で結びます。ただし、大部分が在来線と共用で、最高速度で走行できるのはボストン付近のわずか30km程度の区間しかなく、所要時間はバスと大差ありません。ボストン-ニューヨーク間約370kmを約3時間半、ニューヨーク-ワシントンDC間約360kmを約3時間かけて走ります。車両メーカはあのボンバルディア。

Acela

この路線の列車の座席にはCoach、Business、Firstの3クラスありますが、AcelaはBusinessとFirstだけで組成される豪華列車(?)です。機関車2両とファースト1両、ビジネス4両、カフェ1両の8両編成です。ファーストクラスの車両は編成端にありますが、なぜか編成の方向は一定しておらず、行きも帰りも最後尾の車両でした。

車内は飛行機に近いです。シートポケットには安全のしおりがあって、窓の上部にある赤いのを引くと、窓が外れて脱出できるようになっています。

全列車事前予約が必要ですが、座席は指定ではありません。早い者勝ちです。ビジネスの4人がけの座席に見える紙には「3人未満のグループでは使用するな」との意味のことが書いてあります。

高速走行時には上下にがたがたした揺れがありますが、それほど長い間高速走行しないので^^;、概ね乗り心地は良好です。海辺を走る区間も多く、沿線に防音壁も全く無いので、車窓の景色も良いです。乗客の乗る車両はすべてトレーラーなので車内はとても静かです。

○ファーストクラス

First

○ビジネスクラス

Business

○カフェ

Cafe

アメリカの駅は貫禄があるのがいいですね。
○Boston South Station

Boston_south

○New York Pennsylvania Station

Penn

○Washington D.C. Union Station

Union

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乗ったのはもちろんFirst。客室乗務員がいて、ドリンク飲み放題、ボストン-ニューヨーク間、ニューヨーク-ワシントンDC間でそれぞれ食事が出ます。もちろん、ニューヨークで大半の客が入れ替わりますが、3時間おきに食事が出るのはどうかと。

○Breakfast

Breakfast

○Lunch

Lunch

○Dinner

Dinner

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スミソニアン博物館

スミソニアンは卒業旅行で一度来たことがあったけれど、私の大好きな場所のひとつです。私はアメリカに対し、エンジニア・研究者として恐れに近い尊敬の念を持っています。

スミソニアンは、そんなアメリカの偉大さを感じることができる博物館です。ワシントンD.C.に来たからには参拝は欠かせません。それも入るのタダだし。

......と思ったら。

American History Museamが閉まってる!それも来年の8月まで!!! 私のENIACはどこ? Apple初号機は?ヽ(`Д´)ノ

気を取り直してAir & Spaceへ。

Pod1

ソユーズの帰還ポッドに何か漢字の落書きが.....と思ったら「秋山豊寛1990」の文字が。おお。TBSの秋山さんですね。

Pod2

って全然アメリカ関係ないじゃん。すんません。

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