サクラ サク

SAKURA in USA

日本で春を告げる花の代表格といえば桜。現在では米国にも桜が多く植えられ、多くの人に愛されています。その多くは日米の友好の証として日本から贈られたもの。

古くから、日本に滞在した米国人の中には桜を愛し、どうにか本国に桜を植えたいと願った者は多かったようです。エリザ・R・シドモアは、明治時代初期、横浜在日領事館の副領事を兄に持った関係で日本に滞在したジャーナリストで、桜をこよなく愛した一人でした。彼女は帰国後も20年に渡って米国に桜を植えることに尽力し、ついに当時のタフト大統領夫人の心を動かします。

1909年、東京から2,000本余りがシアトルを経由してワシントンDCへ贈られましたが、残念ながら輸送中に害虫と病気に感染し、焼却処分されてしまいます。しかし1912年2月、万全の対策を講じて再び6,000本余りが輸送され、ニューヨークのハドソン河畔とワシントンDCのポトマック河畔にそれぞれ半分ずつが根付きます。

その後ロサンゼルス、フィラデルフィアなどにも日本から桜が贈られ、現在ではポピュラーな春の風物詩となっています。

Washinigton DC SAKURA Festival

米国での「桜祭り」の元祖とも言えるのがワシントンDCの"National Cerry Bloosom Festival"。開花の時期は東京とほぼ同じ、三月下旬から四月上旬です。この祭りが初めて開催されたのは1935年。現在では全米から70万人もの人々が集まる全米でも最大規模のお祭りです。

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桜にちなんで"Japan Festival"も併催。人多すぎですね。

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Ski in Boston

Group Retreat? スキー? まじで?

大張り切りの職場の若者たち。スキーなんて、十数年前にサークルの仲間と一度、野沢に行ったきりです。もう忘れた。滑れる訳ありません。やばいです。

というわけで、プロ級の腕前?と噂されるHさんとD夫妻をコーチに捕まえ、やってきましたWachusett。ボストンから車で西に約1時間。鉄道でも行ける、ボストニアン御用達お手軽スキー場です。

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凍結した湖。遠くに見える山並み。やー。気持ちいいですね。

で、スキーの方は..........おお? 意外と立てる!? 十数年前の感覚、覚えているものなんですね。神秘だ。

というわけで、予習はバッチリ。どんと来ーいRetreat。まさかアメリカ来てスキーするとは思わなかったけど。

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Durango & Silverton Narrow Gauge Railroad

かつての鉱山の街Durango

  コロラド州南西部、デュランゴは、かつてサンファン(San Juan)山脈で産出された金、銀の積み出し拠点として賑わった街。デンバー・アンド・リオグランデ鉄道(Denver and Rio Grande Railroad)のデュランゴ-シルバートン間の路線が開通したのは1882年のこと。精錬所も建設され、以来デュランゴは路面電車や新聞社を備える街に急成長した。しかし、1900年代を迎えると、大戦の勃発による政情不安と度重なる水害、そして疫病の流行がデュランゴの街に暗い影を落とす。鉄道は1969年に経営の継続を断念するが、西部開拓時代の面影を色濃く残す鉄道の存続を求める声は強く、1980年代にデュランゴ・シルバートンナローゲージ鉄道(D&RNGRR)として復活を果たした。

  観光鉄道とはいっても、総延長45マイル(72km)もの路線延長を持ち、1900年代初頭に作られた6両もの蒸気機関車を稼動状態で保有する。冬季は路線の約半分、カスケード-シルバートン間を運休するものの、通年に渡って蒸気機関車が牽引する列車を運行するコロラド観光の目玉となっている。

  軌間914mmのナローゲージとは言っても、D51と同じミカド型の軸配置を持ち、運転重量100tを超える大型の蒸気機関車であり、「彼女は二挺拳銃(Ticket to Tomahawk)」、「80日間世界一周(Around the World in 80 Days)」など数々の映画の撮影にも用いられている。

  さて、今日は年に数回あるPhoto Specialの日、つまり、列車による撮影地めぐりの日である。D&RNGRRはアニマス川沿い、サンファン山脈の山腹の急峻な地形を走り、市街地周辺以外で平行する道路が無い。従って、走行写真を撮るのは困難を極める。そこで、このPhoto Specialでは乗客は列車で移動するが、風向明媚な場所で列車は止まる。乗客は降りて列車を撮影することができるのだ。

前夜祭

Photo Specialの前夜、オプショナルツアーとして、夜間の機関区公開がある。ターンテーブルを中心として扇状に広がる車庫(扇形庫)の前で、ライトアップされた機関車が幻想的に浮かび上がる。

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Photo Special

アニマス川を渡るHigh Bridge

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渓谷の断崖絶壁のHorseshoe Curveを往く

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走行の様子はビデオもどうぞ。

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ナイアガラ in Winter

ご存知ナイアガラの滝。

アメリカ・カナダ国境に位置し、エリー湖からオンタリオ湖に注ぐナイアガラ川のほぼ中間地点にあります。水量毎分10万トン以上。

冬場は一部が凍結するため、遊覧船「霧の乙女号」などが運休していますが、雪景色の中の大瀑布もまたいいものです。

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夜のライトアップも幻想的。

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テキサス

テキサス州。アラスカに次いで2番目にデカい州。

ゴリゴリの保守基盤で、ブッシュのお膝元。名産は石油。温室効果ガスの排出量全米No.1。あまり良いイメージが無いなぁ。

というわけで、降り立ったのはヒューストン・インターコンチネンタル空港。別名ジョージ・ブッシュ国際空港。インターナショナルじゃなくてインター・コンチネンタル、よりにもよってジョージ・ブッシュ。なにかネーミングセンスに相容れないものを感じつつも、とりあえず気にしないことにする。

Battleship Texas

1914年建造、1948年引退。第一次世界大戦のノルマンディー上陸、第二次世界大戦の硫黄島の戦いにも参戦した歴史の一証人。現在ではヒューストン郊外、サンジャキント公園の一角に係留されている。

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ジョンソン宇宙センター

数あるNASAの施設の中でも、特にスペースシャトルや国際宇宙ステーションなどの有人宇宙ミッションの管理・運営を行う中核となる施設である。

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ヒューストン・ロケッツ

ヒューストンロケッツは、ここヒューストンに本拠地を構えるNBA(全米プロバスケット協会)チーム。ロケッツの名前は、宇宙センターに由来するものと思いきや、実はロケッツの発祥はカリフォルニア州サンディエゴで、1971年にこの地に移ってきたので関係が無い。ホームスタジアムはTOYOTA Center。

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教科書倉庫ビル6F

ヒューストンから北におよそ400km、ダラスはテキサス州第三の規模の街。ここにはあの教科書倉庫ビルがある。1963年11月22日12時30分、ジョン・F・ケネディは、ここダラスを遊説中に狙撃され、帰らぬ人となった。

直後に狙撃犯として逮捕されたリー・ハーヴィー・オズワルドが犯行に及んだとされているのが、ここ教科書倉庫ビル6階である。しかし、何の謎も解かれぬまま、彼自身2日後に射殺されたため、陰謀論も含め様々な憶測を呼ぶ結果となった。

現在の教科書倉庫ビルは、JFKと、その暗殺事件を扱う博物館として保存されている。

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TexMex

テキサスのグルメといえば、ステーキとテックス・メックス。かつてメキシコの統治下にあったテキサスは、メキシコ料理をベースとした独自の料理、テキサス風メキシカン、略してテックス・メックスで有名。

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Peru

寒い冬は南半球へ

  いよいよボストンも冬本番。正月ともなると真冬日も増えて来ました。こんな時には季節が逆、今が夏の南半球に行きたくなるってもんです。

  という訳で今回のお題はペルー。インカ文明の香り息づくモンゴリアンの国は日本人にもお馴染みです。日本から見ると南米は地球の裏側、当然直行便はなく、北米乗り継ぎで24時間以上かかります。北米から行くとなんと行程は半分!近い!......か?

  ペルーといえばインカ文明。豊かな鉱物資源と高度な土木技術を持ち、度重なる内戦の末に16世紀までに統一を果たしたインカ帝国は、1531年にフランシスコ・ピサロ率いるスペイン軍にあっけなく陥落してしまいます。

  ペルーを征服したスペインは、金・銀をはじめとするあらゆる富を自国に持ち出し、先住民たちには奴隷として過酷な労働を強いました。インカ帝国時代には1,000万人を数えた人口も18世紀までに1/10にまで激減したといいます。

  現在ではけして豊かな国とは言えませんが、南米らしい明るい活気とスペインの影響を受けた中世ヨーロッパの街並み、そしてアンデスに広がるインカ文明の遺跡。他国に例のない魅力にあふれた国です。

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高原鉄道の国ペルー

  ペルー名物の一つが高原を走る鉄道。近年開通したチベットの青蔵鉄道に世界最高地点を走る鉄道の座は譲りましたが、富士山より高い標高4,000mを超えるアンデスの高原を列車が走っています。

  ペルーの鉄道の歴史は古く、1800年代には主要なアンデス越えの路線が整備されています。しかし、1990年代に急速にその業績が悪化し、1999年に路線の所有権は国有のまま、経営権のみを国際入札により民間へ分離しました。

  しかし安価なバス輸送の台頭により鉄道旅客輸送の経営は依然厳しく、現在では一部の観光路線を除いて貨物輸送が主体となっています。ペルー南部の観光地、チチカカ湖ほとりのプーノ(Puno)からクスコ(Cusco)、クスコからマチュピチュ(Machupichu)へ至る路線を引き継いだのはイギリス資本のオリエントエクスプレス・ホテルグループ。当初は従来のローカル列車も運行されていましたが、現在ではほぼ海外からの観光客を対象とした高級路線へシフトし、観光列車のみの運行になってしまいました。

ペルー南部鉄道

  ペルー南部のプーノ(Puno)からフリアカ(Juliaca)を経由し、クスコ(Cusco)を結びます。旅客列車が運行されるのは月曜・水曜・金曜の僅かに週に三往復。軌間は標準軌(1435mm)で路線延長は385kmで所要時間は約10時間です。

 ボストンより飛行機に揺られること約12時間。プーノに降り立ちました。プーノの標高は富士山より高い約3,800m。この高度では高山病になる人も多く、できれば少しずつ高度を上げて体を慣らしたいところですが、列車の日程に合わせる都合上仕方がありません。

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  チチカカ湖は主要な湖沼としては世界最高地点にある淡水湖で、その広さ約8,300平方キロ、琵琶湖の10倍以上の広さでペルーとボリビアの国境に横たわります。

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  チチカカ湖にはトトラ(葦)で作られた浮島が大小40余りもあり、2,000人余りのウロス族の人々が暮らしています。島、住居、船、全てトトラ製。この島々は、彼らの名前をとってウロス島と呼ばれています。彼らはなぜ浮島で生活するようになったのか?インカ帝国時代に賤民として追われた人々であったとか、スペインの侵略から逃れてボリビアから移り住んだ人々であったなど諸説ありますが、はっきりした記録が無いため不明とされています。

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  さて、神秘の古代湖チチカカ湖を後にして、クスコ行きのAndean Explorer号は朝8時ちょうどにプーノの駅を後にします。

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列車はディーゼル機関車を先頭にバゲッジカー、厨房に続いて客車3両、最後尾にラウンジカーの合計6両編成です。

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10時間の長旅ですが、2回の食事、車内でのフォルクローレ(民謡)のショーありで飽きません。

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行程のハイライトは、ほぼ中間地点にあるラ・ラヤ(La Raya)駅。この駅は標高4,319m。アンデスの高原以外にはなにも無いところですが、どこからやってきたのか地元の人たちが列車やバスの乗客向けに市場を開いています。

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ペルー南東鉄道

  クスコからオリャンタイタンボを経由してアグアス・カリエンテス(現マチュピチュ)を結ぶ鉄道です。こちらは軌間914mmの狭軌。オリャンタイタンボからマチュピチュまでは道路が通じておらず、マチュピチュを訪れる際には、唯一の交通手段となります。

  クスコは標高約3,600mに位置するかつてのインカ帝国の首都。

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  インカ時代の建物はスペイン統治時代に破壊され、現在ではほとんど残っていませんが、スペイン建築の多くはインカの石組みの上に建てられています。

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このサント・ドミンゴ教会もその一つ。かつての太陽の神殿「コリカンチャ」があったところで、今でもインカ時代の石組みの一部が残ります。

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  カミソリの歯一枚通さないといわれる緻密な石組みと台形の窓。ペルーは日本と同様地震国の一つで、スペイン統治後の1650年、1950年にもクスコを大地震が襲いました。スペイン人が建築したヨーロッパ建築がことごとく倒壊した一方で、インカの石組みはびくともしなかったと言います。

  インカ建築に用いる石材は、牛馬も用いず全て人手で運んだといわれています。インカ文明には車輪がありません。彼らの最も崇拝したものは太陽であり、太陽と同じ丸い形をしたものは神聖なものとして生活の道具として用いようとしなかったのです。

  さて、神聖な丸い形をした車輪のついたペルー南東鉄道に話を戻します。

  クスコはすり鉢状の台地で、四方を山に囲まれています。クスコを発った列車は、出発直後に4箇所、その後2箇所のスイッチバックによって勾配を克服します。スイッチバックとは、勾配に対して斜めに進み、途中方向を変えながらジグザグに上る方法です。

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列車には、設備のグレードによってBackPacker、VisataDome、HiramVinghamの3種類があります。写真はVisataDome。天窓、テーブルつきの車内。

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早朝出発のため軽食が出ます。ペルー産の陶器、ペルーセラミカが可愛い。

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クスコからマチュピチュまでは107km、所要時間は約4時間です。

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現在のマチュピチュ駅は、かつてはアグアス・カリエンテスと呼ばれていました。アグアス・カリエンテスとはスペイン語で温泉の意味。その名の通り、町内には温泉がわいており、入ることができます。

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これらペルーの鉄道の様子は動画でもどうぞ。

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  Windows XPが入ったパソコンを購入した直後、またはWindows XPを新規にインストールした直後、デスクトップには緑豊かな草原が広がっています。

  このデフォルトの壁紙の名前は「草原」。あまりにも有名なこの写真、実はカリフォルニア州に住む写真家、Charles O'Rear氏によって撮影された実在の風景です。

  サンフランシスコから車で約1時間、州道12号線沿いにその場所はありました。壁紙写真ではその名のとおり草原ですが、このあたりはカリフォルニアワインで有名なナパが近く、現在ではブドウ畑になっています。

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Yosemite in autumn

  ヨセミテは、カリフォルニア州、シェラネバダ山脈西側に広がる全米最古の国立公園。太平洋から吹き込む水分は数多くの湖沼を生み、ここには多様な植物、生物が育くまれています。

  約1,000万年前に海底が隆起して生まれた急峻な山肌には多くの滝があり、雪解けによって水量の増加する春には多くのハイカーを魅了しています.....が、今は乾季、残念ながらほとんどの滝は枯れていますが、山林は美しい紅葉に彩られています。

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テハチャピ・ループ

  カリフォルニア州南部、沿岸部と東部に広がるモハベ砂漠とを隔てているのがテハチャピ(Tehachapi)山地です。

  大都市サンフランシスコとロサンゼルスを結ぶ鉄道は、1876年サザンパシピック鉄道により初めて建設されました。この鉄道を建設するに当たって最も難所とされたのが、このテハチャピの峠でした。最も標高の高いところは約3,800feet(約1,150m)、勾配を嫌う鉄道は、この峠をループによって克服しています。

  飛行機や自動車が発達したアメリカでは、鉄道は斜陽産業のイメージがありますが、実は長距離貨物輸送では鉄道がトップシェアとなっています。いわゆるマイル・トレイン、1マイル(1,600m)以上ある長大な貨物列車が広大なアメリカ国内の物流を担っているのです。現在でもテハチャピ峠は、ユニオンパシフィック鉄道(UP)とバーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道(BNSF)の長大な貨物列車が行きかう物流の要衝となっています。

  ループを一周してもまだ後部が見えない長大な貨物列車。ここは古くから、鉄道ファンの間で名所として知られ、現在でも世界中から多くのファンが訪れます。

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サンタフェ鉄道の歴史的鉄道遺構

  現役で活躍するものを「遺構」と言っては失礼かもしれない。

先日乗ったアムトラックのサウスウエストチーフ号、ニューメキシコ州走行中にチラッと見えた信号機。「え、腕木.....?」

  その後は見かけることもなく確証は無かったが、帰ってから調べてみると、確かにニューメキシコ州、RatonとLas Vegasとの間にはサンタフェ鉄道時代から残る「腕木式信号機」が現役で活躍しているらしい。

  腕木式信号機とは、信号機から突き出した腕が物理的に動くことで「進行」や「停止」を指示する信号機である。かつては世界中の鉄道で見ることができたが、現在ではその多くがライトの色で列車の進行を指示する「色灯式」に置き換えられ、ほとんど見ることができない。

  日本でも近年までローカル線でその姿を見ることができたが、色灯式への置き換えや、路線自体の廃線によって、2008年現在では青森県の津軽鉄道に数本が残るのみとなっている。下写真は津軽鉄道、五所川原駅の場内信号機。

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  宮沢賢治の短編、「シグナルとシグナレス」にその腕木の動きによって感情を描写するシーンがある。腕木信号機がほとんど無くなってしまった現代、その情景をイメージすることは難しくなっているかもしれない。

腕木・ハエタタキ・短尺レール

  さて、アムトラックのサウスウエストチーフ号は、旧アッチンソン・ピカタ・サンタフェ鉄道の路線を使い、シカゴとロサンゼルスの間を結ぶ旅客列車である。サンタフェ鉄道は1996年にバーリントン・ノーザン鉄道に吸収され、現在ではバーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道(BNSF)の一部となっている。

  サンタフェ鉄道の路線の大部分は時代とともに整備され、信号も近代的な色灯式のものが用いられているが、なぜかニューメキシコ州北部、Raton付近のみ、現在でも腕木式信号機が活躍する区間が残されているのだ。長大貨物列車やアムトラックの寝台列車の行き交う一級幹線に21世紀まで腕木信号機が残されているのは奇跡としか言いようがない。

  それも、何年も前から置き換えがアナウンスされており、本来ならもうすでに撤去されているはずのものらしい。

  アメリカらしい雄大な景観の中を駆け抜けるアムトラックの長距離列車と腕木信号機。それも近日中に姿を消すという。いてもたってもいられなくなり、後日取材(?)に駆けつけた。

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  ワゴンマウンド(Wagon Mound)付近をサウスウェスト・チーフ号が高速で駆け抜ける。ワゴンマウンドは周囲を断崖絶壁に囲まれた同名の孤峰(butte)の名前に由来する地名である。ちなみに、このあたりの定期旅客便の発着する最寄の空港はニューメキシコ州アルバカーキか、またはコロラド州コロラドスプリングス。どちらからも約300km離れている人口希薄地帯である。

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  腕木が上を向いているときが「進行」、斜め上が「注意」、横向きが「停止」を表す。日本の腕木信号機では下向きが「進行」、横向きが「停止」で若干異なる。また日本では通常「進行」「停止」の2状態の現示で、「注意」も含めた3現示式のものは見たことが無い。

  この指示は電線によって伝えられるが、線路脇にはその電線を設置するための電信柱が設置されている。かつて日本ではその見た目から「ハエタタキ」と呼ばれていたものだ。

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  その他にも、この付近では短尺レールや木製の橋脚など、まるで50年前にタイムスリップしたかのような鉄道情景が展開されている。

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Wigwagって?

腕木式信号機と同様に、アメリカで絶滅の危機に瀕している鉄道施設にWigwagがある。日本では使われることがなかったので我々にはピンと来ないが、Wigwagはかつてアメリカで広く用いられていた踏み切り警報機だ。

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  列車が接近すると、カンカンという警報音が鳴ると同時に、上部の円盤の赤ランプが点灯し、左右に首を振るしかけだ。かつてはアメリカのどこでも見られた踏切警報機だそうだが、日本と同じ2つのランプが交互に点滅するタイプに置き換えが進み、現在では極めて数が少なくなっている。

  サンタフェ鉄道沿線もニューメキシコ州内は既に絶滅、コロラド州では北部のDelhiに1箇所のみが現存している。

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  腕木信号機にせよWigwagにせよ、機械的な動作を伴うシステムはメンテナンスを怠れば錆や磨耗によって動かなくなる。コストに厳しく、合理社会のアメリカでこの人手のかかるシステムが今日まで残っていることははっきり言って驚きだ。

  ずいぶん前から置き換えがアナウンスされているとはいえ、幸運にも21世紀にまで生き延び、さらに毎日働き続けていることを素直に喜びたい。

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